あれも聴きたいこれも聴きたい-二村定一 戦前のニッポン歌謡は、エキゾ歌謡ですねえ。若い人は誤解されるかもしれませんが、私にとっても遠い昔のことですから、懐かしいということではありません。何か異国の歌謡のように聴こえます。

 私は、あまり日本の戦前歌謡に興味はなかったんですが、インドの映画音楽を渉猟しているうちに、戦後インド歌謡はまるで日本の戦前歌謡のようだと気が付いて、それから意識して聴くようになりました。インド音楽と同じようにエキゾな音楽なんです。

 二村定一は、ジャケットを見て頂くと分かるとおり、鼻が大きいので「流行歌の鼻祖」と呼ばれた偉大な歌手です。日本のジャズシンガーのパイオニアであり、エノケンと二人座長で劇団を立ち上げて大人気を博した人です。

 代表作は「アラビアの唄」やフランク永井でもおなじみの「君恋し」などになります。ジャズも数多く録音していまして、そんな彼の音源をまとめたCDも発売されています。

 しかし、この作品は一風変わっています。二村定一が「マイナーレーベルに残した知られざる秘曲集」です。昭和初期はエログロナンセンス時代とも呼ばれていて、エロやグロや変態が幅を利かせた不思議な時代でもありました。そんな時代の空気を目いっぱい吸った楽曲の数々が収められています。

 どんな曲かと言えば、タイトルだけ見ても、「ほんに悩ましエロ模様」、「禿オンパレード」、「女!女!女!」、「キッスOK」なんぞと直裁です。歌詞もまさにおふざけ調で面白いです。♪どんな苦労も厭いません 命も要らぬ 女が欲しい♪、などと歌っています。どうやら二村は男好きだったらしいので、知ってる人は二重ににやっとしたのでしょうね。

 日本語ですし、歌詞の面白さに焦点があたっていますから、ついつい気になってしまいますが、どうしてどうしてサウンドも面白いです。基本的にはレーベル専属のジャズ楽団が伴奏をつけています。録音が古いことから来る独特の味わいもいいのですが、溌剌とした演奏は耳を奪います。トランペットやサックスなど、各楽器の活躍ぶりも楽しいです。

 それに基本はコミック・ソングなので、気楽にいろんなことをしています。たとえば「宮さん宮さん」は戊辰戦争の官軍の唄をベースにしていますし、「君よいづこ」は「アロハ・オエ」を使っています。他にも歌劇曲の一部を利用したものもあります。換骨奪胎、サンプリングですよ。ヒップホップですね。

 極めつけはこのコンピのタイトル・トラック「街のSOS」でしょう。運動会の定番曲「クシコス・ポスト」を全面的に使用して、とにかく聴き手を焦らせます。♪電車の行列バスの渦 まごまごしてたら轢かれっちまう♪んです。

 リズムの冒険もあります。小唄調の流行歌然とした曲も多いですが、「浅草おけさ」では「ルンバとおけさ節がカオスに支配されながらも、奇妙な調和をみせる珍曲」とライナーに書かれている通りの変な曲です。一筋縄ではいきません。

 彼の歌声はひょうひょうとした感じがありますが、こぶし回しも上手ですし、にやけた感じの歌い方から、溌剌とした歌唱から何から百変化ですね。甘い声でこれをやりますから、結構病み付きになります。独特の魅力があります。

 地理的な広がりだけでなく、時間的な広がりも、音楽体験を充実させてくれます。日本にもエキゾチックな歌唱があるんですよね。面白いです。
 
SOS! In The City - His Rarities Collection 1928-1934 / 二村定一 (2012)

残念ながら、この作品に入っている曲ではありませんが、感じは分かっていただけるかと思います。


クシコス・ポストです。