あれも聴きたいこれも聴きたい-YagiMichiyo
 お箏です。お箏。深い考えもなしに買った八木美知依のアルバムに魂消てしまいました。これは演奏を見に行かねばなるまいと思い立ち、行ってまいりました。それが素晴らしかったので、もらったチラシを頼りに二回目も参加してきました。2011年秋の思い出です。

 谷中墓地にはお箏の巨人、宮城道雄のお墓があり、墓地巡りの一つの目玉になっています。宮城道雄は私の子どもの頃には音楽の授業で必ず教わる定番でした。今でも代表曲「春の海」はお正月になると巷に溢れています。誰もが聴いたことがあるはずです。

 それに、昔は必ず親戚にお箏を弾く人がいたもので、親戚のうちでお箏の生演奏を聴かせてもらったという経験を持っている人も多いと思います。私もその一人で、子ども心に狭い座敷に横たわるお箏の巨大さに驚いた記憶があります。お箏は身近な存在でした。

 そのお箏が八木美知依の手によって即興演奏の世界に引きずり込まれています。ジャズ、と言い切ってしまうとやや居心地が悪い。フリー・ミュージック、フリー・インプロヴィゼーション、そういった言葉がしっくりくる大そう自由な演奏が繰り広げられます。

 この作品は米国のアヴァンギャルド・シーンを牽引するエリオット・シャープと八木美知依の対決を収めたものです。二人は1990年代の半ばごろからよく一緒に演奏をするようになったそうで、これは2005年にシャープが来日した時に録音されたものです。

 それなのになぜ2010年発売かというと、シャープが再来日した機会に発売しようと待っていたら、実に5年も経ってしまったということです。ありがちなことです。しかし、もともと流行とは無縁の音楽ですから、特に違和感がないところが素敵です。

 ここでは八木は21絃と17絃の箏を弾いています。箏は伝統的には13絃で、低音に強い17絃は大正時代に宮城道雄が発明した新参者です。21弦はさらに新しく1969年に野坂惠子が作りました。21本あるのに20絃と呼ばれることが多い面白いものです。

 八木はそれらをエレクトリック楽器に仕立てていますが、このセッションではアコースティックに徹しています。シャープの8弦ギターベースとのデュオですから、大音量は必要ないという判断でしょう。その分、繊細な音色が素敵です。

 アルバムは全9曲。静と騒が交互に訪れます。静かな曲は二人のねっとりとした間のとり方が艶めかしくてたまりません。激しい曲では、八木が箏で繰り返すフレーズが背骨となって、そこにシャープのギターベースが踊りまくる、そんな塩梅です。

 箏のどこか非西洋的な音像が聴いたことのない音楽となって押し寄せるところが素敵です。シャープのギターベースなるものもなじみがあるわけではありませんから、こんな音が出るのかと驚かされるばかりです。二つの楽器の音色の饗宴は素晴らしいです。

 八木さんは幾多の異種格闘技を制してきたつわものです。相手が誰であろうと、正面から挑む元祖なでしこジャパンかもしれません。現在進行形で日本の夜を彩る八木さんの演奏は是非聴きに行くべきだと思います。途轍もなくカッコよかったです。

Reflections / Michiyo Yagi & Elliott Sharp (2010 Idiolect)

*2011年11月16日の記事を書き直しました。

トリオ映像ですがどうぞ。


Tracks:
01. Darkly Dreaming
02. Tempest
03. Refractions
04. The Candy Factory
05. Journey
06. Shortwave
07. Folklore
08. The Jumblies
09. Dreaming Darkly

Personnel:
八木美知依 : 二十一絃、十七絃
Elliott Sharp : 8-string guitarbass