あれも聴きたいこれも聴きたい-静寂
 灰野敬二は日本のアングラ界を30年以上も牽引してきた偉大な人です。アングラという言葉はもはや死語ですけれども、そうした死語感覚もとても良く似合う人です。彼の別名は「魂の司祭」です。

 それこそ孤高の人で、とても自分と同じ世界の人とは思えません。彼の世界には到底受け入れられそうにないへたれな私ですけれども、彼の音楽との出会いはかなり昔です。彼のソロ・デビュー作「わたしだけ?」の世界観に圧倒されたのは80年代初めのことでした。

 それは強烈な体験でしたから、その後、長い間気になりつつも避けて通ってきた彼の音楽でしたが、人生も晩年に近づいたので、再び彼の音楽に触れてみる気になりました。封印を解いたような気持ちで臨んでみました。

 静寂は灰野敬二、ナスノミツル、一楽儀光のトリオ作品です。富田明宏氏の評にある通り、「地を這う大蛇のごときベース・ラインと、手数の多いタイトなビート。そしてすべてを司る、灰野の魂がむき出しになったようなギターと叫び」によるブルース作品です。

 全4曲40分間の静寂体験です。曲名を並べてみましょう。「始まりに還りたい」、「闘い続ける」、「あっち側からこっちを見る」と名詞ではなくて完結した文をタイトルに持つ曲が3曲続きます。アルバムのタイトルと同じ趣向です。灰野の主張が明らかです。

 サウンドはナスノのベースと一楽のドラム、そして灰野のギターによるフリー・フォームな演奏とともに灰野がシャウトするというものです。ロックやジャズとカテゴライズするよりもフリー・ミュージックの系統です。

 シャウトする言葉は曲名から想像される通りです。その言の葉は、「わたしだけ?」の頃とほとんど変わっていません。一貫した姿勢を30年以上も続ける姿は眩しい限りです。中途半端という言葉は彼の辞書にはないのでしょう。L

 そして4曲目は驚きの「昭和ブルース」です。この曲はご存知の方も多いでしょう。ああ兇悪、非情のライセンスの天地茂、一世一代の名曲です。サウンド自体には原曲の面影はほぼ全くありませんけれども、シャウトされる歌詞はほぼそのままです。

 その歌詞が見事に灰野の世界観とシンクロしています。♪生まれた時が悪いのか、それとも俺が悪いのか♪、タイトル通り、私たち昭和世代には強烈に昭和の風を運んでくる名曲が、実は灰野の世界でもあったということは大きな発見でした。

 アングラ、長髪、サングラス、弾き語り。すべてが実は昭和の香りです。魂の司祭は、魂を掘っていって、呪術的な昭和の世界に語り掛けます。昭和も遠くなったものです。昭和生まれの私が明治に対して感じる心もちを昭和に感じるようになってきました。

 私たちにとってブルースは昭和のことであったと知らされた作品でした。当初は強烈に古臭く感じたのですが、それは恐らく灰野の狙いだったのではないでしょうか。♪何があっても生き抜く覚悟の用意をしろ♪という言葉は昭和世代応援歌です。

You Should Prepare To Survive Through Even Anything Happens / Seijaku (2010 Doubt Music)

(2015/6/7 Edit)