田中兆子が男を書いた「劇団42歳♂」 | メメントCの世界

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田中兆子が男を書いた「劇団42歳♂」

 

 

やっとかめ! 

久々に田中兆子の新刊がでました。「劇団42歳♂」

「男の友情はややこしい。」と帯にありますが、本当にややこしや~ややこしや~。女以上に情緒的でウエッティな友情を劇団を舞台に書いてくれました。

兆子さんの前作は、「甘いお菓子は食べません」新潮社 で、女のエゴとかエロとかをあっさりすっぱり書いてくれました。中でも「女による女のためのR-18文学賞」をとった「べしみ」は抱腹絶倒かつ、あるある!と思わず頷く女性には覚えがあることばかり。そんな強い印象ながら、幽玄さを合わせ持つという稀有なエロでした。

 

 今回の「劇団42歳♂」は、ネタバレしながら言うと、名古屋地方在住の42歳の社会人、主にサラリーマンで、昔同じアマチュア劇団員らが、久々に結集して公演をうち、男だけでシェイクスピアの「オセロー」をやろうという事になる。会場は愛知県芸小ホール。そこでホールの絵が目に浮かんだ人はかなりの名古屋人だ。そう、栄のバスターミナルの前に鎮座ましますAATなのだ。あそこの客席電源はひどかった。彼らの稽古場は、アクテノン。名古屋だにゃー。

そして大通りを渡ると中日劇場なのだ。もう今はない~~ぐすん。

そして名古屋と言えば、味噌煮込み、やばとん、マリリンバーガー、そしてよくわかんない喫茶店のメニューと、不思議な名古屋スパゲティー。名古屋は思い出深い街なのだ。

 

 彼らの中には、唯一、マスコミで成功した部員がいて、最近テレビで中年なのにブレークしてもてはやされている。その後田中(ゴタナカ)という芸人も、公演に参加することになるが、デズデモナを演じるはずの彼がなかなか稽古場に来ない。やっと来たら、今度はイアーゴを演じる奴が臍を曲げる。それぞれ中年で、社長だったりサラリーマンだったり家庭持ちや独身のフリーター、状況は違えど、かつての演劇の興奮を共有しているメンバーが、面倒くさい男の友情によって芝居の稽古を進めていくのだ。ああ、面倒な人たち!それから彼らの「オセロー」の解釈など、それぞれに妙にリアリティがあって面白い。オセロー・インポ節というチン説も飛び出し、ガールズトーク、いやオジサントークのようなディスカッションをする。その場面の面白さが、固有の「男の事情」という部分から発生しているのも、分かる人には爆笑なのだ。

 私はこれを読んでいて、この劇団のオセローが見たくなった。兆子さんは昔、戯曲も書いていたのだが、演出は確かしたことないはずが・・・小説に書き込まれているのは見事なオセローの演出プランなのだ。そしてオセローの解釈を巡っても、うならせる。私にとってオセローは芝居より、オペラの方がなじみがあるのでデズデモナの「柳の歌」がしみじみと言うより、イライラするのだ。「このカマトト女!はっきりしやがれ!」と思いながら、オペラであの歌を聞いたもんです。

 

 各章の見出しがふるっている。

「年がそろそろ峠を越えたために」「いま死ねれば、いま以上の幸せはない」

あんまり書くと版元の双葉社に怒られるかもしれないが、兆子さんのシェイクスピア愛がほとばしるせりふがある。「シェイクスピアは女の味方というより、人を深く愛している人の味方なのだ」愛って複雑、愛って言葉だわねえ。シェイクスピアの愛の言葉、痺れるわ。

 

 こないだ戯曲講座で西田豊子さんが、エリク・H・エリクソンの人生における発達課題について、非常に興味深いことを教えてくれた。西田氏は、それがまるでシェイクスピアの芝居のテーマと同じだというのだ。例えば、ロミオとジュリエットなら、青年期の「仲間、ロールモデル」の確立の前に、「恋愛関係」にとびこんでしまっていて、リア王は成熟期になりながらも妻が死んだあと、孤老期においての自己統合と絶望の心理的課題を克服しえず、「賢さ」に欠けて「私は私でいてよかったか」という問かけに、「阿呆」と答えるしかないようだ。タイタス・アンドロニカスも似ている部分がある。そして、オセローの問題は「愛することができるか?」というわけだ。

夫婦の課題を乗り越えられなかったオセローと、今まさに葛藤している劇団のメンバー達。不倫やらトラウマやらの課題は、女からみたらふざけるな!と言いたくなるみみっちさもあり、そこが不惑パラドックス42歳の男の等身大なのかもしれない。

エリクソンの場合、必ずしも成功のみが賞賛されているわけではなく、不成功もそれなりに経験する必要性もあるとされている。だから、失敗と成功でみんな大きくなるんだけど、シェイクスピアはまあ、失敗して死んじゃったり、殺し殺されになってしまうのよね。

大笑いしながらも、うらやましくなった。男は男にやさしいのさ。「劇団42歳♂」のオセローは映像化されるのだろうか???乞うご期待!