今回は國崎八幡神社
一の鳥居について。
【分 類】
明神鳥居(みょうじんとりい)
※コトバンクさんからお借りしました
島木(しまぎ)の上に
反りのある笠木(かさぎ)がある。
柱は少し傾斜。
【建 立】
大正九年中秋(1920年 日本が国際連盟に加入した年)
反対側の柱には
「紀元二千五百七十九」
とありますが
郷土史研究会の方によれば
「皇紀2579年」ということかな、と。
※皇紀 = 初代天皇である神武天皇即位の年
ここで、
あれ???![]()
と思った方はいらっしゃいますか?
「わかるかい?」
ハイ、答え。
まず、
皇紀を元号に変換すると
「皇紀2579年」 = 大正八年
なんですが
柱の元号は「大正九年」とあるので
一年ずれています
ありま
計算ミスかなあ、、、
正しくは
「大正九年」
「紀元二千五百八十」
なのかなと。
郷土史研究会の方から
このお話を聞いた時
「ありゃま
」
と思ってしまいましたが
インターネットで
元号や西暦、皇紀の変換が
正確に出来る現代とは違って
この鳥居が建った大正時代は
手書きで計算してただろうから
こういうミスがあっても
不思議じゃないのかしら、、、
とも思ってしまう私
うーん
とりあえず
真相は不明です。
↓次はこちら↓
扁額(へんがく)をご覧ください。
※扁額 = 鳥居の上の方にある額
「國崎八幡宮」と書かれています。
ちょっと話は逸れるのですが、
昨年から國崎八幡神社の名前が
知られるようになってきて
以下の事を
本当によく言われるんですよ![]()
「Google Mapで國崎八幡宮ってありますけど、、、」
「地図で國崎八幡宮ならありますが國崎八幡神社はないですよ」
「宮と神社、一体どっちなんですか??」
とね、、、。
正式名称(宗教法人の登録名)は
「國崎八幡神社」なので
上のような声を頂いてから
Google Mapを訂正したり
地図制作する企業に連絡をしたりして
修正しました💦
でも、鳥居がこうだから↓↓
今だに「宮?神社?どっちですか??」
と質問を受けます(笑)
そりゃそう聞きたくなりますよねえ![]()
で、
ここで一つ疑問が。
なぜ扁額は
「國崎八幡宮」
になっているのでしょうね。
最近まで「発注ミス??」
と思っていたのですが(笑)
どうやら違うようなのです。
と、いうのも
「神社」という呼び名は、
明治になってから定着したそうで
それまでは
「宮(みや)」「社(やしろ)」などと
と呼んでいたとのことですが、
ここから推測するに
※ド素人の私の個人的な推測![]()
**********************************
この鳥居は
「神社」という呼称が定着した(であろう)
大正時代に建てられたものだけど
白川は田舎なので
情報伝播が遅かった、、、![]()
そのため
ずっと使っていた(であろう)
「宮」という呼称を使った
**********************************
のかな??
、、、、、、と
どですか?
こちらも
真相は不明です(その②![]()
)
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歴史に詳しい方 鳥居に詳しい方 教えて頂けたらありがたいです
* *
「大日本名所図録」の 國崎八幡神社。 この本の刊行は、明治時代。
だから、 大正時代建立の 一の鳥居は書かれていませんね。
面白いな
↓日本名所図録↓ ボロボロです 大切にしないとね。
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