2024. 3. 15 産経新聞
「モンテーニュとの対話」桑原聡 氏
上川陽子 (外相) という人物のこと、同感です!
〝「上川陽子首相」待望論の理由〟
折々にみせた胆力と包容力
平成30年7月20日付けの本欄にこんなことを書いた。
「ひさしぶりに胆力のある政治家を目にした気がした。
執行後の記者会見でも冷静に必要最小限のことのみを端的に答えた。
政策通を気取る政治家や揚げ足取りの得意な政治屋は掃いて捨てるほどいる。
しかし、胆力を感じさせる政治家はほとんどいないのが、わが国の政界である。
上川氏のホームページには
『腰のすわった政治をめざす』
『難問から逃げない』
とあった。
この言葉にウソはない。
私の中では、ポスト安倍の第一候補に上川氏が急浮上した」
オウム真理教の元教祖、麻原彰晃 (本名・松本智津夫) 死刑囚ら7人の死刑を当時、法相だった上川陽子さん (現外相) が粛々と執行したことを受けて書いたものだ。
そこで引用したのが、モンテーニュの次の言葉だ。
《あの残酷の標本とものいうべきネロまでが、或る日、例のように家来から、一人の罪人の死刑の宣告に署名してくれと言われると、
「おお、字などを学ばなければよかった!」
と嘆息したとは。
それほどまでに、人ただ一人を死刑に処することが、彼の心を悲しませたとは》第2巻第1章「我々の行為の定めなさについて」(関根秀雄訳)
このエピソードは、「法の正義」を貫徹する場合であっても、人の命を奪う決断がどれほどの重圧を伴うかを物語っている。
上川さんはその重圧に堪え、さらに自分だけでなく、家族もオウムの残党に命を狙われる可能性を受け入れて命令書に署名押印した。
死刑の是非論を超えて、私は心を揺さぶられたのだ。
このコラムが掲載された日、私が以前から一目置いていた産経新聞の政治記者から、「昼飯でも食いませんか」と誘われた。
もちろん喜んで応じた。
永田町をよく知るベテラン記者が、どのような感想を持ったのか、ぜひ聞いてみたかったからだ。
果たして、素人の私が政治記者の領分を荒らしたことを、彼はまったく気にすることなく、
「面白く読みました。彼女はその力量がある政治家だと私も思います。
ただ、現段階では、平時の首相としてなら、ありかもしれない、というところです」
と、にこやかに語った。
怒られると覚悟して先生の前に行ったら、逆に褒められてしまった小学生のように私は胸をなでおろし、同時に、胸の中に「上川陽子首相待望論」の灯が確かにともった。
首相になるには、通常はどろどろした権力闘争を勝ち抜くことが求められる。
しかしこうした闘争とは無縁に、自民党が上川さんに頼らざるを得ない局面が近い将来、必ずややってくるに違いない、との不思議な確信があった。
あれから6年近い歳月が流れ、ついにそのときがやってきたようだ。
サッカーの試合でフォーメーションが崩れたときに、いったんボールを落ち着かせて立て直す作業がよく見られる。
世界平和統一家庭連合 (旧統一教会) 問題、派閥の裏金問題、女性議員の軽はずみな行動、和歌山県連の破廉恥パーティーなどなど、今の自民党は議員の多くが浮き足立ち、フォーメーションはガタガタになっており、とても戦える状態ではない。
時事通信が先月配信した世論調査によれば、内閣支持率も政党支持率も20%を割ったままで低迷から抜け出せない状態だ。
これを立て直して新たな展開を生み出すのに、上川さんほど適した人材はいないように私には思えるのだ。
その念をさらに強くしたのが、自民党副総裁・麻生太郎さんの発言をめぐる対応だった。
「ほー、このオバサンやるね」
「少なくともそんなに美しい方とは言わんけれども、堂々としていて英語もきちんと話し、こんな外務大臣はいままでにいない」
という講演での発言を、上川さんは
「どのような声もありがたく受け止めている」
と軽くいなした。
この揺るぎないおうようさは、相手が首相経験者であっても、掌の上で自由に遊ばせるような余裕と包容力を感じさせた。
つづく-