2026. 4. 25 産経新聞「テクノロジーと人間」
長内洋介 (科学報道室編集委員) 氏
食品保存進化の歴史…興味深い!
〝腐敗を克服 反映の基盤に〟
細菌との攻防
肉や野菜は日がたつと腐って食べられなくなる。
最近などの微生物が増殖し、食品中の物質を食べて変質させるからだが、そもそも腐敗はなぜ起きるのか。
それは食べ物がもともと生き物だからだ。
生き物の体には多くの微生物がいる。
普段は免疫などの防御システムが働いて増殖を防いでいるが、死ぬとこの仕組みが失われて微生物が一気に増殖する。
つまり腐るのだ。
肉は死んだ生き物の体なので、必然的に腐るのである。
狩りの技術が未熟だった太古の人間は、肉食獣が食べ残したり、病死したりした動物の死骸を食べていた。
腐っていて食中毒や感染症にかかり、命を失うことも多かった。
静岡理工科大の宮地竜郎教授 (食品微生物学) は
「人類が臭いにおいや、酸っぱい味を嫌悪する感覚を持っているのは、腐ったものを避けることが生存に有利だからだ。それだけ腐敗が身近な存在だったことを示している」
と話す。
肉を干したり、塩漬けにして水分を抜いたりすると腐らないことは古くから知られていた。
微生物が生きるのに必要な水を奪うからだが、科学的知識がない古代人はこうした知恵をどのように得たのだろうか。
東京家政大の宮尾茂雄客員教授 (食品微生物学) は
「砂漠で死んで干からびたり、死海のよう塩湖で溺れて塩漬けになったりした動物は腐らないということを偶然知ったのだろう。それが食品の保存技術につながったのではないか」
と推測する。
古代エジプトでは肉を干すなどの保存法が知られ、それはミイラの製法とも関係があった。
遺体を塩漬けにして乾燥させた後、油を塗って布を巻き付け空気を遮断すると、微生物の増殖を抑える効果があった。
人が死ぬと腐敗するのは、食品の腐敗と同じ現象だと気付いていたのだろう。
文明の基礎となった農耕は穀物の栽培だけでなく保存が不可欠だった。
穀物の収穫期は限られており、次の収穫期まで貯蔵して保存しないと飢えてしまうからである。
小麦やコメは水分が少なく腐敗しにくいため主食に選ばれ、人口を支えることができたのだ。
ほぼ同時期に始まった畜産は食肉の安定供給を可能にした。
肉はすぐ腐ってしまうが、生きたまま動物を飼育すれば腐らないし、いつでも食べられる。
家畜は肉の保存手段として革命的だったといえる。
軍用食が進歩
人類は狩猟採取時代は飢餓との戦いで、常に食料を探して移動していたが、保存と貯蔵によって定住し繁栄を築いた。
しかし、長旅や航海で移動するときは食料を持ち運ばなくてはならない。
多数の人間が移動し、食料が死活的に重要になるのは戦争の時である。
ナポレオン率いるフランス軍が欧州各国を遠征し勝利を重ねていた19世紀初頭、兵士の軍用食は粗悪な干物や塩漬けだった。
そこで仏政府は軍の士気を高めるため、おいしくて長期保存できる新たな食品技術を公募した。
採用されたのは食品加工業者のニコラ・アペールが発明した瓶詰めだ。
食べ物をガラス瓶に詰め、加熱して密閉することで長期保存を可能にした。
この画期的な原理に基づき英国で後に缶詰が誕生し、食品保存の新たな歴史が始まった。
缶詰は瓶と違って割れない利点があり、軍用のほか北極探検でも使われた。
米国では南北戦争で大量に使われた後、軍民両用のデュアルユース技術として一般向けにも広く普及した。
つづく〜
