日々の出来事 -306ページ目

給料日〜♪

今日は我が家の給料日ルンルン

昔は本当にカツカツ生活をしていて、
給料日が待ち遠しかったなぁ〜笑い泣き
今も待ち遠しいけど、
長女が結婚で家を出て、
家にはいるけど次女は社会人。
長男のみ学生だから、
ほんの少しだけ余裕が出来て、
俗に言う先取り貯金も出来るように‥‥。

昔の私に言いたい!

いつか貯金出来るから、
今がんばって〜!

さてさて本日は仕事終わりに銀行巡り。
まずは私のパート代が入る銀行へ。
端数以外は全ておろして旦那様の給料が入る銀行へ振替。
旦那様の給料が入る銀行で、
ほとんどの引き落しがあるから、
引き落し分のみ残してあとは全ておろす。
その他支払いで、
私の生命保険引き落しのゆうちょ銀行と
車のローンを組んでいる銀行、
先取り貯金している銀行にそれぞれ入金。残ったお金は多くは無いけどそれで生活するスタイルです。
勿論両替して週毎にしてますよ〜!

本当は残ったら銀行へ貯金したほうが微々たる利息でも付くんだけど、
不精な私はタンス預金で銀行に行かないスタイルです(笑)

今はキャッシュレス時代だからね〜。
色々考えて○○ペイとか使ってポイントを貯めています。
勿論そこで使った分は翌月支払い分として避けているので、
翌月の支払いでアタフタしないようにしてますよ〜口笛

そんなこんなで銀行巡りも終了!
家に帰ったら、
振り分けたお金などをパソコンで管理しているんだけど家計簿に入力して、
本日の業務は終了爆笑

いや〜長い1日でした〜ニコニコ
皆さんはどのように振り分けしてますか?




手術後 2ヶ月

子宮頸部円錐切除術をして2ヶ月
経ちました拍手
2ヶ月前の私はドキドキしていました。
下矢印
当初の診断では
中等度異形成だったのに、
術後の病理検査結果が
高度異形成
下矢印
でも、
断端陰性だったから
定期検診へとなりました。
私は約5〜6ヶ月後だから、
次の検診はまだまだ先!

すんごく元気ですよ〜(*^^*)

術後初の診察前には出血も止まって、
その後も出血なしおねがい
そして
生理もなし(爆)

最近の悩みは、
生理終わったんだろうか??ってこと。
昨年の2・10・11月に来てから、
全然来ていない口笛

最初に異形成を見つけてくれた
婦人科の先生と今回の転院先の先生が
二人とも口を揃えて、

もう来てないよね?
来ないよね?

と何度も言うんだよね〜えー
失礼ちゃうわムキー
でも、
どこのサイトでも、
最終月経日から一年無ければ閉経!
と記載があるから、
理論上私はまだ閉経していないことに
なりますよね?口笛
でももうこの歳だから無くても全然良い!
逆に無い方が煩わしくはない!ニヤリ
ナプキンやらなんやら〜
お金掛かりますから‥‥。

ただ1つ不安があります。
円錐切除術を受けた人の中に
稀ではあるらしいけど、
合併症として
子宮頸管狭窄症
ってのがらしいですね。
若い方は定期的に生理の有無や出血量、
生理痛などでいつもと違うなぁ〜
となるらしんだけど、
私のような年齢で閉経してるのか?
していないのかが曖昧な人は、
次の検診時とか何かしらの検査でしか
わからないとか‥‥。
何せ、
これまた子宮頸部異形成と同様、
症状があまり出ないらしい!!
何か難しいですよね〜。

でもそんなことを考えていたら
何も出来ない!
今は普通の生活が出来ることに感謝スター

次の検診は、
7〜8月に自分で予約をとっていきますルンルン
それまでは、
区切り区切りでこのように投稿して、
残りは日常生活について書きますね!

これからもよろしくお願いします
m(_ _)m










父の七回忌

6年前の今日、父がなくなりました。

ずっと肺気腫と言われて、
毎月通院で、
肺気腫症状が進まないように
薬を出してもらっていました。
でもある日、
脇腹が痛いと言い出して‥‥。
数ヶ月に一度、
定期的に血液検査やレントゲンを
受けていて大丈夫だったのに、
年明け早々、
そのような症状が出たから、
家族皆で
『どっかにぶつけた?』
『筋肉痛?』
なんて言ってたなぁ〜。
本人も
『ちょっと捻ったのかな?』‥‥と。
と言うのも季節は冬。
肺気腫ながらも雪かきをしているから
そう思ったんだと‥‥。
土日に痛みが増したようで、
兄に救急外来に連れて行ってもらった。
『骨に異常なし』
ということで安心していたようです。

そんなこんなで、
いつもの通院している病院へ、
ちょうど薬もなくなる頃で行った。
脇腹が痛くて救急外来に行ったこと、
まだ痛みがあることを伝えたら、
レントゲンと血液検査をしたらしい。
翌日に電話が来て再び病院へ。
そこで
『キチンとした検査が必要だ』
と言われてCTのある病院へ行った。
この時点では
『大したことがない』と
本人は思っていたんだけど、
病院から帰ってきたら
『奥さんも呼んでください』
と言われた。
父が何かの検査をしている間に
母だけ呼ばれて告知。
母は隠しておけないから
父に言ったんだって‥‥。
病院には車で行っていて、
帰りの車の運転で父は
手が震えていたらしいです。

それからは私達に連絡が来て、
検査で転院するからと言う事で
私も転院先について行った。
直ぐに入院するように勧められた。
私は
『そんなに悪いの?』と‥‥。
だって肺気腫で息は切らしているけど、
酸素ボンベを持ち歩いてもいないし、
勿論家にも置いていない。
普通に歩けるしご飯も食べれる。
どうなっているのか?
全然状況が分からなかった。
一週間後には入院して色々検査をして、
最終的には『小細胞肺がん』と診断。
その時に脇腹の痛みは癌によるもので、
さらに肝臓にも転移していると‥‥。
父は肺気腫から肺がんになり、
肝臓にも転移をしていたんです。
ステージや余命は、
父が亡くなるまで
家族誰一人として聞かなかった。
だって治ると思っていたから‥‥。

その病院では、
抗がん剤も一度だけしました。
どんどん食べれなくなって
2回目の抗がん剤を父は拒否。
きっと辛かったんでしょうね。
そうなると病院は在宅医療を勧めてくる。
要は治療をしないのであれば、
定期的に通院して自宅に帰ったほうが良いと言うことらしい。
その準備として、
一度だけ外泊で家に帰ってみたけど、
老老介護ってこういうことなんだ!
と私も兄も通観した瞬間でした。
一泊だけだけど、
私も兄も実家に泊まっていたから‥‥。
これは母も倒れてしまうなぁ〜と‥。
父は家に帰りたがっていたけど、
これは心を鬼にして、
先生と看護師さんに相談。
長期療養型の病院へ
転院することにしました。

転院後の初診察で初めて知ったこと‥‥。
先生が
『一番最初の病院から○○病院に来たときには既に余命3ヶ月だったんですよ』
とサラリと言った!
要するにステージ4で余命3ヶ月。

何となく私も分かっていた。
だって今はネット社会です。
携帯で色々調べれますよね?
小細胞肺がんで肝臓転移しているだけで、ステージ4になる。
でもどこかで
父は違う!
と思っていたというより、
思いたかったんです。

1月に前病院に入院してから考えると、4月ってことになる。信じられなかった。
だからって訳じゃ無いけど、
前々から家族で話をしていて、
兄も私も連休になるから
『GWには外泊をさせてもらってゆっくり家で過ごさせたい』
と伝えたところ、
『そこまでもつかな?』
といわれてしまった。

転院して約一週間後、
GW前に亡くなりました。

色々な病院を転々とさせて、
母を守るためとはいっても、
もう一度だけ家に連れて帰りたかったなぁ〜って思います。

これが唯一の後悔です。

どうすることが正解だったのかわからないけど、皆さんも後悔の無いように‥‥。