日々、新しい発見がある。
いい年して、と言われそうだが、あながち、嘘ではない。
眼から鱗と言うけど、ものの見方を変えると、価値観は一変する。
今まで、良いと思っていたのが、実は、駄目だったり、
それがわかったときは、新しい世界が開けていく。
進歩は、直線的でなく、段階的に進歩していく。
英語でも、step by step である。
ひとつの step が長くてあきらめてはいけない。
必ず、次のstep に進める。
囲碁を子供のころから、やって、もう50数年。
ギターのキャリアよりも、はるかに長い。
学生時代、街の5段で、足踏みしていたが、社会に出てから、突然、強くなった。
多分、右脳が、ものの見方が、何かの影響で、変わったんだろうと思う。
大会に出ても負ける気がしなかった。
免状も賞品で、すべて無料。
社会に出て、特に勉強したわけでもないのに、何故だろう?
好きで、継続したからではないかと思う。
ギターの世界ではどうか?
30年のブランクあったと言っても、休みの日はギターに触るようにはしていた。
しかし、40代では、なかなか触れなくなっていった。
再開して3年経って、左手は復活したが、右手は、なかなか、うまく行かない。
音楽性は、年とともに進歩しているから、自分の音楽を表現できないのは、もどかしい。
でも、いい音と、良くない音の区別とか、演奏を聴いた時の感受性は、明らかに、
今の方が、進歩?している。
いい音をわかるようになってきたのは、嬉しい。
悪いところが自覚できれば、必ず直せるはずと信じて、練習している。
無難な演奏よりも、音楽を感じられる演奏の方が、よっぽどいい。
うまくても、つまらない演奏はたくさんある。
私は特に無難に弾いてしまう傾向があり、反省しきりである。
昔の思い出だが、名演奏をあげると、
ピアノのバックハウスの亡くなる数日前の演奏会(LP )は、ミスもたくさんあるが、至高の演奏だった。
カザルスの、国連での、鳥の歌は、テレビでも泣いてしまった。(すみません、40年前です)
バリリ四重奏団のベートーベンは、モノ録音だが、今でも覚えている。
最近、友達のギターduo で、そんな音楽を感じさせる演奏があった。
技術的には、いろいろあるが、ともかく、聴衆を聴かせる演奏だった。
ハラハラもしたけどね(笑)
それは、今の私に欠けているところと思う。
という風に、毎日、何かを感じ、それが進歩につながるのではと思う。
今、音楽中心の毎日で、友達もたくさん出来て、ストレスを感じる暇が無い。
6月には、秋田の玉川温泉に行って、ますます、ストレスを抜いてきます。
病気もどこかに飛んでいくのではと思います。
いろいろ、話が飛んで、脈絡がなくなってしまった。
ご容赦!