神之公園さんのブログ・第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか? その11より。
第××項 稲荷を捨てて、言霊(米教)の道へ
私の最初の師匠がこの世を去る少し前、私に対して【あなたほど摩訶不思議な体験をされて来た人は一人もいないでしょう。貴方の身に起きる出来事が解る神など、日本国中探しても一柱も存在しないでしょう】と言いました。仮に私と同じ体験をされた方があったとしても、言葉の仕組の紐解きは無理だったかと思います。
私にしても初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫から【貴方は言葉の教えをする方】と聞かされていなかったならば、霊的な遭遇を言葉で解釈する等には行き着かなかったと思っています。
私の最初の師匠は幼児の頃から白狐達と遊び、娘時代から不動明王の御代(オダイ)を経て、【豊受姫】の御代となられた実践派の霊能者としては一流の方でした。神霊世界に関わって60年以上、その間に見て来たもの、関わった事件は数知れずです。神霊世界を見聞して来た内容は私が見た比ではありません。
だが、その師匠をして【あなたほど摩訶不思議な体験をされて来た方は一人もいないでしょう】と言わせしめる体験を私はして来たのです。それは【言葉の仕組】の紐解きの為のものでした。
私が子供の頃、旧約聖書の神と名乗る霊声は次のように語って来ました。【人はその一生で何もかも知ることなど出来ない。人がその一生で体験出来ることなど、僅かなことでしかない。されど、自分は体験していなくても他の人が体験しているかも知れない。他の人の体験を頭から否定するのではなくて、他の人の体験を聞いて学び、それを自分の体験とするならば、より多くのことを知ることが出来る。学ぶことが出来る。】です。
私の最初の師匠は豊受姫の御代としては当時№1とも言われていました。その神霊の取次者としての著本は本人自身が述べた「霊能一代」もありますが、最近その師匠を取材して来たライターによる「お稲荷さんと霊能者」という本も出ているようです。「霊能一代」は今は絶版本で、中古本でアマゾンで8万5千円というとんでもない価格がついています。
霊能一代は発売当初はさほどでもなく、伏見稲荷大社の参集殿や稲荷山の茶店で売られていましたが、神の【オダイ】とは如何なるものか、そうしたことが書かれた著書が他にはあまりないことで貴重性があったとは言えます。
オダイたる霊能者とスピリチュアルとでは、同じように見えてもまったく違います。スピリチュアルには修業に修業を積んだ方はあまりないでしょうが、オダイは過酷な修行を積んで神霊の【代位者】となっているからです。
私の最初の師匠は100日間断食を2回こなしています。それも単なる断食ではなく、その断食の期間中、毎日伏見稲荷山を一周するという信じがたい荒行です。終盤になると、立って歩くことはかなわずに這って伏見稲荷山を一周したと言います。ただ、当時はそうした修行をする人の為に世話をしてくれる茶店宿が存在したのです。
その茶店宿は後日伏見稲荷大社の御膳谷社務所となって建て代わっしまいましたが、昔は行者を世話したのです。しかし、こうした修行はその師匠は幼児期から白狐達遊んでいたので可能だったのであり、通常の人には出来ない荒行と言えます。
私は最初に出会った霊能者の方から、私の家系先祖霊から「私には断食や瀧行等の荒行は一切必要無し。そうした荒行はこの先祖霊が代わりに充分に修行を積んできたので不必要」と告げられたそうですが、その霊能者の方から、御先祖霊はそう言われておりますが、何事も体験経験あってのものです。荒行も体験されることをお薦めします。自分は年老いているのでそうした荒行の指導が出来ませんので、そうした荒行の指導が出来る先生を見つけて体験してくださいと告げられました。
そして最初の師匠に連れられて瀧行を受けた後、私はヒンズー教の奥義書とされるヴェダー典に残る【人の中に眠るコブラが目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】を体験して真理の探求にと入ったのです。
そして、伏見稲荷山にて当時の師匠は伏見稲荷大社講社の婦人部長をしていたので、自分は講社の用務で指導が出来ないが貴方は龍神さんに守られているので単独で瀧が受けられます。で、二度目の瀧行を単独で受けていると、瀧の水にアップアップして瀧水から逃げようとすると、その瀧水が逃げる私を追いかけて来ます。瀧水が追いかけるなどあり得ない出来事です。
その出来事を師匠に話すと、師匠は即座に【貴方は瀧行や断食の様な行をなされる方では無い。貴方は「里行」の方です】と告げられました。それでもと思って、その後も瀧行は受けていたのです。
私自身は4年間ほど、その師匠の弟子として鞄持ちで伏見稲荷山で見聞して来ましたが、そうした本に書かれている内容は事実であったことを、自分の体験を通して認識しています。そして他の人の体験も自分の体験としたのです。
科学者や医学者があの世(霊界)とか神霊の存在を否定するのは、明らかに【体験不足】から来る無知と言えます。
その当時、伏見稲荷大社で私の最初の師匠を見たある行者さんは、私にあの女の方はあんたの先生かと聞き、女性でもとんでもない行者がいるもんだ。男でもこれほど行者はめったにはおらん。だが、これほどの先生をもってしてもあんたを育てることは出来ない。あんたを育てることが出来る者などこの世にはおらん。それはあんた自身解っているはずじゃ。あんたは自分自身で道を切り開かないといけないと言われました。
私はその師匠から、貴方は神の御子であり自分にはあなたを育てることなど出来ません。ただ、修行の面倒を見させて貰いますと告げられてはいたのです。
私が子供の頃に旧約聖書の神と名乗る声は、【そなたが歩く道は、これまで人類の誰一人として歩いたことがない道で、そなたの後にもそなたと同じ道を歩く者は二度とは出ない。そなたが最初の者であり、そなたを以て最後の者となる】と告げられています。つまり、私には私が行く道の師匠は存在しないと告げられてはいるのです。
私の行く道の師匠には出会えませんでしたが、霊体験を見させてくれる良き師と反面教師たる師と二人も出会えたのです。私はその2人の師匠以上の霊能者を探しましたが、見つかりませんでした。
特に反面教師となった「言霊使い」の師匠は、私にとってはもっとも「恩義」のある方となりました。この言霊師の師匠に出会っていなければ、私は【神は言葉】と大本教神諭予告【九つ花】を紐解けなかったでしょう。
ところがある日、伏見稲荷山で修行中の私の体内から私に臨んだ霊声は、【何時まで稲荷神に欺され続けていたならば気が済むのだ!。この大馬鹿者が】と私を叱って来たのです。それは私が子供の頃に聞いていた旧約聖書の神と名乗る声とは別のものでした。
それは外部からの霊声ではなく、私の肉体の腹(高天原)からの声でした。それは私に憑依している霊からではないのです。人の腹は【高天原】に通じているからです。人の肉体の頭上から出る霊子(たまのこ)線よりも、腹の臍から出る霊子線の方がより重要なのです。で、私は稲荷神界の神々ですら「欺しの世界」の神と認識して、私は稲荷神界を離れて【言霊の世界】にと転じたのです。
と言っても、霊能者は掃いて捨てるほど居ても言霊とは何かを知る言霊師と称する方は日本でも若干名です。そんな数少ない言霊師を師匠に持てたのは、全て神の計らいだったとは言えます。が、その言霊師の師匠から【死神】を送りつけられて、その後その後遺症で長く苦しみました。
霊能者は全て正神界に所属ではありません。今の霊界は力が強い者が支配するで、正神も邪神も存在します。霊界に関わるには、時には自分の命をもっていかれる危険性すらあるのです。
稲荷の稲の教えと【米】の教えは「瓜二つ」でも
米の仕組とは、言葉を創りし神の存在を告げる
豊受姫の御代をしていたその師匠でも、私に【出来ることならば、神の御代などしたくはなかった。神に仕えて先生、先生と言われるよりも、普通の人として普通に生きたかった】。それが本当の声だと言えます。普通の人として生きれることは、それはとても幸せなことなのです。
神の世界に仕えるのは自分が選ばれた者ではありません。どれだけ【貧乏くじ】を引いても耐えられるかです。そこを錯覚して、自分は偉い者だから選ばれた者と思うと間違えるのです。
それは私が子供の頃、旧約聖書の神と名乗る霊声から、あることを告げられたからです。【神の世界に仕えることは、とても辛い作業である。特にそなたは他の者よりも辛い道を歩くことになる】。泣いて泣いて涙も涸れ果てたなのです。しかも、いくら気の毒な人を見ても自分に力がない為に助けてあげることも出来ないのです。
言葉を創りし神は私に力を授けて力で押すのではなくて、私が解読した【言葉の仕組】を見て、そこに創造神の存在を認識して、自らがその創造神の下僕となる人でなければ、大本教神諭が説いた【誠】の者とはなり得ないのです。
その【言霊】の世界に入って、私の神観は百八十度も変わったと言えます
私がそこで見たのは聖書の【言葉は神と共にあった】なのです
ただ聖書では、言葉としたことにより【言霊】の意味が解らないなのです
私はそれを知った時、あまりのことに苦慮しました。神とは神社や仏閣に鎮まっていると思っている人からすれば、言葉は神なりきを知るのはお釈迦様の「悟り」以上に難しいからなのです。