神之公園さんのブログ・第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか? その12(最終)より。
スピリチュアルでも弥勒の世が【五次元世界】と言われるのは同じですが、スピリチュアルの方達は、何も心配しなくてもこの地球が自然に【五次元界】に行くのですと言われます。それならば、最後の審判も立替も起きません。事態は変わりません。
それは【プラットホーム】の考え方を異にしているからです。この地球そのもはプラットホームが【三次元界】でも、それに四次元界、五次元界を地球の上層部霊界に併発しています。日月神示にある【三四五(みよいづ)】です。たぶん、一部の六次元界と七次元界も併発はしているのでしょう。
その既存の四次元界五次元界に行くにしても、今の肉体という服を脱がないと行けません。今の世の肉体がある身でも、霊能力があれば短時間ならば四次元界五次元界に魂を飛ばして行くことは出来ますが、肉体という服を着用したままで四次元界五次元界には行けていないのです。
それは霊的世界に関わっているならば解りきっていることなのです。なのに、スピリチュアルを標榜する人達の中には、それを無視したことを平気で言う方があるのです。
確かに、いくらヨハネの黙示録にあるとしても、これまでの天地は消えて、私は新しい天地を見た。いくら霊が見えるとか霊と会話が出来るであっても、そんなビジョンを見るなどはないわけです。考えも及ばないことと言えます。
それに対して、新しい天地を形成する新地球ではプラットホームそのものが五次元界になるのです。上層界に六次元界七次元界を併発しますので【五六七(みろく)】の世となります。それに、今度は一部の八次元界九次元界も併発されていると考えられます。 ですから、各自の魂の【行く先の審査】が行われるなのです。その審査が輪廻転生の最終審査なので、そこから先が【永遠の世】と呼ばれるわけです。
これまでの世は【三四五】なので、六七界に創造神を見ず
みろくの世は【五六七】なので、八九界で創造神を見る
創造神とは、自分はこの世で苦しんでいます。どうか自分を助けてくださいとお願いする神ではありません。自分がその神の一介の僕(しもべ)として、どれだけ働けるかなのです。
自分がこの世で受けている苦しみの原因の多くは、【自分の過去世の罪による】ものが大きいのです。前世の罪の償いとして、その罪分を払いましょうで、祓うではなく払うなのです。
スピリチュアルでは、自分の過去世の罪である【カルマ】に面と向かって言う方が皆無に近いのです。人は今生のみならず、前世・過去・未来と進む為には自己の【カルマ】を解消しない限り、【高次元世界に進む】などは絵に描いた餅に等しいのです。
私が12回に渡り、本当に世の立替、天の岩戸開けなどがあるかの記事を書いたのは、私が神霊世界に関わった中でのものであり、絶対に起きるという予言でもありません。ただ、誰かがこうしたことを言葉で【仕組】しているなのです。
お前は悪神に騙されているのだと言われたならば、そうかも知れません。ただ、私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声から、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなた一人にはその仕組を見せる。そなたはそれを紐解いて人々に告げなさい】と言われたことをしているのです。
私はその言葉の仕組を見て、これは伊勢神宮の天照大御神とか出雲の大国主命様とかの段階ではない神の存在だと言うのです。
例え、その声の主は私を【騙して】いる存在なのかも知れませんが、この仕組は既存の御神霊では無理だと解った時、それが悪神だとしても、それを超えれるだけの神が存在するのかと、逆に問いたいのです。既存の御神霊など、全て吹っ飛ばされてしまうでしょう。
しかし、私はその旧約聖書の神と名乗る声から、【そなたには何一つこの神の力を与えない。そなたにこの神の力を授けるのは最後の最後の時である】と告げられて、言葉の紐解きしか出来ないことから何の霊力も無いのかとバカにされて来たとは言えます。
悔しかったら、力で押して来いです。
そう言われたら、私には返す言葉も何も為す全はありません。その言葉の仕組をした神に騙されているのだと言われる言葉を受け止めるより道はありません。
私が出雲大社教の先生の元に相談に行った時、その出雲大社教の先生が出雲大社から考えられない内容が降りていますと言われます。それは、私が出雲大社教に転じたならば全出雲神界の力を貴方に渡しますと言われていますです。考えられない内容に出雲大社教の先生は驚かれたのです。
出雲大社教の先生が言われるのですから、そうした内容が出雲大社から降りたのでしょう。
もし私が神の力を欲しかったならば、出雲大社教に転じる道もありました。伊勢神宮に転じる道もあったのです。だが、私は出雲大社教にも伊勢神宮にも転じるなどはありません。私はそうした神々の宣伝マンではないからです。この日本に満ちあふれているものから「仕組」を解読する役だからです。
私が言葉の仕組の解説を出したことは、私が最初の者であり、そして私をもって終わるでしょう。誰も【言葉の仕組】などに気づくことがないからです。
また、最初は興味を持って言葉の仕組に取り組んでも、霊が見えるとか霊の声が聞こえるとなると、どうしてもそちらに興味が行きます。現在の霊界には聖書にある【龍神とは霊界で年老いた蛇霊】が存在していて、単に霊が見えるとか霊と会話が出来る程度では太刀打ちなど出来ないのです。
なまじ「心が綺麗」だけでは、それを打ち破れないのです。蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊とされる神霊の段階を超えないと、【真理】は掴めないのです。
私が何故にこうした【言葉の仕組】を今日まで紐解いて来たのか?。世間一般論として見れば実にバカバカしい内容ですが、日本語という言葉だけであっても、長年に渡ってそれを仕組んだ神が存在するなのです。
大本教神諭には【三千年に渡って仕組んだ】とありますが、遙かなる昔から仕組んできた存在があるなのです。
スピリチュアルの世界では「霊の姿が見える。聞こえる」に主眼に置かれていますが、大本教神諭に次の様なものがあります。
明治38年旧4月16日
【帰神(かんがかり)ばかりに凝ると、最初は人が珍しがりて集まり来るなれど、余り碌な神は出てこんから、終いには山師、飯綱使い、悪魔使いと言われて、一代思はくは立たんぞよ。】
私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【日本神話の天の岩戸開けの話は、この私が「予言」の為に仕組んだものであり、そなたはその意味を解読して世に告げなさい】でした。
ですから、今回その分だけを告げました。
実際に立替が起きるかどうか解らぬことであり、まして新地球など途方もない話になります。別に私が解いて【言葉の仕組】から来た事柄を信じて貰わなくても結構なのです。
信じる信じないは各自の自由であり、創造神もそれを強制されないからです。
言葉で仕組まれたものを見て、自分はどうするかは各自の自由です。
ただ、その時になって後悔の涙を流しても、その時には遅い。それだけなのです。