■歯科医の憂鬱
榎田尤利
感想(ネタバレ含む)
この歯医者の憂鬱は藤井沢商店街シリーズのなかの1冊の様ですが同じ商店街が舞台というだけで特別関わりがあるわけではないので全く問題なく読めました。
元ヤンキーで現カリスマ板金職人穂高は歯医者が大嫌い、知人の勧めで訪れた歯医者で穂高の担当になったのは三和というとてもキツイ正格の嫌なヤツだった。ただでさえ嫌いな歯医者なのにこんなにも愛想の無いヤツに当たってしまうという二重の苦痛を強いられる。
そんなある日スパーで子供が車のドアを勢い良く開けた拍子に隣に駐車していた高級車に傷を付けてしまったにも関わらず母親は子供を連れ逃げるように走り去ってしまう現場を目撃する。そこへその高級車のオーナーと思われる男性が現れる。見た目から線の細い柔らかな印象の彼に経緯を説明し車のナンバーを控えたから警察なりで調べてもらうといいと伝えるが、その男は子供のしたことでしょう。仕方ない、別に構いませんよ。とヘラヘラ笑うとんでもないお人好しだった。穂高は呆れながらも自分が板金職人であると名乗り、良かったらと名刺を差し出す。
そんな中その男に「親知らずはどうですか?」と急に聞かれた穂高は自分の顔はそんなあからさまに腫れているのかと困惑したのだった。
しかし後々なんと実はそののほほんとした男が自分の担当医である三和で有ることを知り驚愕する。
歯医者であるときは眼鏡にマスクという出で立ちの上とても性格がキツイ嫌なヤツだった。しかしどうだこの変わり様は。歯医者でない普段の三和は眼鏡もマスクも無いが終止ニコニコと笑顔を絶やさず自分に非が無いことまでも謝ってしまうこのお人好しな男があの三和先生と同一人物だなどと気付けない位には別人としか言いようが無い程に欠け離れていた。
三和は大病院の三男なんですがいわゆる愛人の子なんですね。先妻が亡くなる前に生まれたのです。三和が8歳の時に母親は後妻となった訳ですが兄と姉は先妻の子で腹違いなんですね。母親は三和にいつも愛想良くしていろと言い含めていた様です。その反動からか学生時代は家ではいい子でいられるのに同世代の前だと上手く笑えず浮いた存在だったという過去がありました。
そんなバックグラウンドのせいか今では歯医者の時は徹底して厳しい歯医者さんになりきれるのに、一旦白衣を脱いだら気使いでお人好しな気弱な人間に戻ってしまうある意味二重人格の持ち主でした。
穂高はそんな三和のギャップに驚きつつもしだいにその人柄に惹かれていきます。
単純で悪く言えば短気、良く言えば裏表も無く正義感の強い穂高にとって三和の言動にはイライラしつつもだんだん放って置けなくなっていったんでしょうね。何だろう、庇護欲的な?
そして必要以上に自分に干渉してくる患者でもある穂高に対して三和も次第に心を許していきます。
この三和の性格分かるなぁ。自分が我慢すれば丸く収まるなら変に波風立てなくてもいいじゃんていうか、でもよかれと思って貧乏くじを自分から引く三和の行動も自分には素直に接して欲しいと考える穂高の反感を買う事になるんですよね。
穂高の気持ちも分からんでもない。人は得てして自分の大切な人間には必要とされたいものです。男としてのプライドが穂高は人より高めに設置されている様なので尚更もどかしいのでしょう。
逆に三和は親密になればなるほど失う事を恐れて穂高に思いの丈をぶつける事が出来なくなっていく負のスパイラルに落ち込んでいく。
それで喧嘩になるんですが、始めは穂高の理不尽な言動に三和可愛そう~。穂高ガキすぎるだろ、と思って読んでたのですがだんだん、あーそんなだから穂高が怒るんじゃん三和しっかりしろよ~っと、良かれとしている三和の行為に逆効果だし!と私もイライラ(笑)あぁ、穂高はこういう気持ちだったのね、と納得。
うわ、私結構、いやかなり三和と似たような行動とってる…回りにこんな不快な思いをさせているのかとちょっと自分を振り返って反省してしまいました。
客観的にみたらかなり卑屈でウザいやつだよなあ。と(笑)
そんな三和が患者のおませな小学生ドレミちゃんに治療中にも関わらず「医者」から「三和」につい戻って弱音を吐くシーンがとても好きです。どんな時も徹底して鉄仮面の歯医者を貫いていたのですが、三和のダムは穂高への想いからついに決壊してしまうんです。その相談相手が小学生ってのもまた可愛らしいというか。
三和もこれから少しずつワガママ言ったり、素直な自分を出していけるといいですね。
でも素直になりすぎたら男ってワガママだって怒るじゃないですか?その辺のさじ加減って結構難しいよなぁ。親しき仲にも礼儀ありとかいうし、穂高みたいなプライドの高い男なら尚更。
きっとこの2人はいろいろこれからも苦労しそうな気がします(笑)
好きだからこそ、大切だからこそ譲れないものがあるならば相手の側に立って理解する努力が必要不可欠だという事ですね。
付き合うまでの「歯科医の憂鬱」と付き合ってからの「歯医者の秘密」の2編に穂高の部下視点のSSがあります。私は榎田さんの脇キャラ視点のお話しがやっぱりとても好きです。本当に脇にキャラクターを生むのが上手い作家さんだなぁ、と思います。今回のSSもほっこりさせられました。
