ニコニコ大会議とやらで、一般質問者に対してリアルタイムでニコ動生コメント(それも見た目などを揶揄したもの)がついて議論を巻き起こしたらしい。

その辺は

ニコニコ大会議で行われた「リアルタイム中傷」 (ITmedia)

あのー、それ、普通にいじめなんですけど (Thirのはてな日記)

ニコニコ大会議について少しだけ (煩悩是道場)

あたりのエントリを読めば経緯などもまとめられていて概略がつかめよう。


自分は当事者でも参加者でもないので特にコメントするつもりもなかったし、上記のエントリのように特段これをもって即座にいじめだと騒ぐのは微妙だと思う。


確かにいじめの構造そのものだと思うが、同時につっこみを意識したお笑いの構造であり、参加者も少なくとも2人目以降は自分が生放送の舞台に立っている(さらし者である)ことを意識しているはずだからである。


ただ、上記エントリからも参照されていた以下のブログの内容はどうにもおかしいだろ、と思ったのでコメント残しておく。


「ニコニコ現実」のプロトタイプとしての「ニコニコ大会議2008」 (濱野智史の個人ブログ@hatena)


この人は以前参加したカンファレンスでニコ動をベタ褒めし、ひろゆき氏と対談できて相当浮かれていたのを覚えている。

その講演内容からも相当なニコ厨であることは明確だし、上記エントリでも書いているように進んで道化Tシャツを着ていることからも、自分がニコ動上でいじられてもうれしがりそうなネット芸者的な人であろうことは想像に難くない。


で、上記エントリの内容も、前半の基本的な路線なり分析は別にけちをつける内容ではないのだけど、後半になってどうにもおかしな論理というか、ニコ動マンセーと浮かれすぎて世間的常識から浮いているのだ。


それは、上記エントリのタイトルにもなっている「ニコニコ現実」といっているもの。

濱野氏は上記エントリで、津田大介氏がTwitterで

「それがネットの面白さだから」で済ませられるならネットなんて早くなくなってしまえと思う。

と書いたことに対して、

「ネットなんて早くなくなってしまえ」といくら言い放ったところで、それは決してなくなることはないだろう、ということです(もちろん津田さんも、そのことは承知でおっしゃられていると思うので、これはあくまで修辞的なツッコミです)

なんて書いているが、自分はマジでなくなった方がいいと思うし、津田氏もなかばそう思ったんじゃないかと想像する。

それを

「ニコニコ現実」的な仕組みがいつか本当に訪れたとき、私たちはどうなるのか/どうすればいいのかを、いまからシミュレートして考えておいても、それほど無駄ではないと思うんですね

なんてのんきなことを書いておられる。

それが現実になることを受け入れた前提での対策が規範やら環境とか人格システムとか、もうみんなあきらめてニコ厨になーれ、な話に持って行くのはどうかと思う。

それって、なんだか昔のサラリーマンが上司と酒を飲むのが当然であって、断りでもしようものなら「空気読めない奴」と断じて評価を下げるようなパワハラ的な思考さえ伺える。


自分はニコ動は嫌いじゃないしその魅力は判るが、それを延長して現実社会のリアル映像に展開され、しかも同氏がいわれるように「現実になることが避けられない」のであれば、自分はマジで覆面をかぶるか変装するか引きこもりたくなる。

自意識過剰といわれようが「一億総芸人化」の一員にはなりたくない。

濱野氏はテレビの現場中継の後ろでピースしたいかもしれないが、自分はマイクを向けられても背を向けたい。


肖像権はタレントの財産権だけではないし、警察や公安などと対峙する際の防護策の為でもない。かといってプライバシーとも少し違う。

上記エントリでリンクの許可問題になぞらえたりしているが、全く的外れである。

ウェブサイトやブログが一般にアクセス可能な場所に置かれている限りは公開情報であって、発信者がそれを望まなければ公開しない方法をとるほかない。

しかし、一般ユーザがたまたま自分を撮った動画がアップされ、それを見たものが適当なコメントをつけられているのに、自身はその存在自体を知らないとか、知っても削除依頼するほか反論の手立てもないという社会は想像したくない。

確かに氏がいわれるようにそれはすでに実現可能になっているわけではあるが、それを「いい悪いはともかく」認めることができるだろうか。


今回の生放送&リアルタイムコメントされた質問者=晒され者は、あくまでも抽選に応募した相当なニコ厨ファンではあろうが、今回の参加者は事前に映像で自分が被写体になってリアルタイムに放送され、もしかしたら(例え質問にたたずとも)さらし者になっても文句は言わないという注意書きなり誓約書でもあったのだろうか?と思ったりもする。


メディアでセミナーとかカンファレンスなどの取材で写真を撮る際は参加者の背中側をとるようにしたりして気を遣うものだが、メディアの人間でない一般の人がパブリックに近い放送ができる状況である現在、今度はそんな心配をしなければならないのかと思う。


今まで監視カメラといえばプライバシーの侵害という反対意見があったものを、防犯のためという名目で相殺されてきた(実際は防犯の役にはほとんど立たず、犯行後の捜査と立証とマスコミ向けツールであるにしても)が、同氏のいう「ニコニコ現実」はそれよりも相当たちが悪い。

監視カメラなどの情報を悪用した場合の責任の所在は明確だし、これはYouTubeなどの動画サイトでも同様で、アップロードした人を責めることになる。

ところがニコ動の場合、アップロードした人だけではすまず、今回のように匿名コメントで勝手なレッテルを貼ることが可能な点であり、ここが2chの匿名性の問題点に重なる。さらに動画ゆえにインパクトも文字情報以上に大きい。

今回は容姿などの表現であるが、さらに出自であったりプライベートな情報(そしてその真偽を確かめるすべもない)が書き込まれた場合に、反論したり訂正することもできない。


そういう意味では、期せずして、今回の問題は著作権とは別の、プライバシーや肖像権という面が、ニコ動の新しい火種になり得ることを実証したわけである。


というか、現状もしそうした映像に対する事務局の対応ってどうなのだろう。

例えば濱野氏のプライベートを撮ってニコ動に勝手にアップされ、ウソの情報をコメントされた場合に、これはプライベートな映像だから削除してほしいという依頼があった場合の身元や内容の確認方法とかね・・・

いや、そもそも写っているのが本人でなくても、すでにタレントの裏ビデオなどにあるように、本人かどうかさえ関係ない状態で流通可能なのだなあ、とも思うわけで。


濱野氏は今回の問題を当事者でないものがブログでいじめだと書いたりしているのに対して

「いじめ」として即座に断じてしまう人々の側こそが、「いじめ」と同じカスケード的構図に加担しているようにも見える

と書き、

ニコ動文化圏を「いじめ」て、楽しいんですか、と思ってしまいます

と書いているのだけど・・・それもまたえらく楽観的というか、ノー天気な気がするのだけど。

「ニコ厨いじめるなよ ウワーン」って感じなのか・・・ネット論壇の識者としてはあまりに説得力がない。「炎上必至」と言いつつ、何重にも回避しようと必至な感じもあり。

自分は別にニコ動文化圏(なんだそりゃ)をいじめるつもりもないのだけど、ニコ動がいかにすごいかを回りくどい修辞でマンセー理論をこねくり回すよりも、むしろそういったリスク分析をしてひろゆき氏と仲良くすべきじゃないかと思うんだが・・・


夏野氏もえらいところにきちゃったものだと思うが、それはまあ自業自得。