私が立派な自我理想(共同幻想を築く条件としての美徳、というのが私の解釈。本来の正当派での意味は、個人的な自己愛の満足を一度断念し、掟に従い社会的に認められた形で築かれた善きもの、人が憧れの対象とし模倣の対象とするもの)を築いたり、しかけたり、対等かそれ以上の存在であるかのように相手が認識すると、苛立ちだしてそれを否定的に自己愛を傷つける表現をするか、「俺と仲間の方が立派な美徳を持っている!」か「お前の取り柄は◆◆だけか、それすらない無能役。公安さん、藤田信之の私的領域に侵入していくつかのものを取り去って!」という事を主張しだすか、優れた表現にも承認を与えず無干渉。
具体例をあげると人の心を傷つける事になりかねないので書かないけど。
2001年に買って読んだ梅香彰「目からウロコが落ちる ニーチェ入門 フロイトから読み解く」を読んだ記憶によると、リンチやいじめの首謀者と正体は超自我である、という事と、家庭での親や学校での先生や部活での先輩や職場での上司などからガミガミ言われたり抑圧的制裁を受けた事などのうっぷん晴らしのリンチやいじめの対象として集団の<エス>が選ばれる、というような事が書かれていたように思う。
この本は玲奈病の分析に非常に役立ちそうに思う。