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恩田陸 作『まひるの月を追いかけて』という小説を読んだことはありますか? 恩田ファンの私ですが、傑作、駄作のムラのある作者の(失礼な)傑作のひとつだと思っている。かなり面白いのでまだ恩田ワールドに触れていない方がいたら、ここから攻めてほしい。

あらすじは、文庫裏表紙から引用。
異母兄が奈良で消息を絶った。たったの二度しか会ったことがない兄の彼女に誘われて、私は研吾を探す旅に出る。初春の橿原神宮、藤原京跡、今井、明日香……。旅が進むにつれ、次々と明らかになる事実。それは真実なのか嘘なのか。旅と物語の行き着く先は──。

ね。ちょっと面白そうっしょ? (笑)
というわけで? 30代の頃に私は友人と二人で、この小説の旅を再現してみることにした。
ま、そんなに連休は取れないので、一日分端折ったり、今井に行かなかったりはしたけど、わりと正確にトレースしたと思う。
普通に旅をするよりも小説とダブルで楽しめるので、聖地巡礼をする人たちみたいな感じか?

小説のキャラは東京から出発するのだが、私は博多から新幹線で京都に向かった。京都駅からあずき色の電車に乗り換えて、橿原神宮へ。
大きな神社だった。そして他に誰もいない。ここに向かう前に主人公同様にランチもする。ここで主人公はとある事実に気づく。そして橿原神宮の境内で、兄の恋人に自分の疑問をぶつける。
ネタバレになるのだが、恋人と言っていた女性は実は恋人ではなく、その恋人の友人だったのだ。
ここで主人公のように「どうして?」と問いかけたら、かなり声が響くだろうと思った。社殿の後ろにある大和三山のひとつ、畝傍山。

その後、主人公は兄の恋人が事故で死んでいたことを知らされる。
それも自ら対向車に突っ込んでいったという自殺を疑ってしまうような死に方だった。

その後に向かったのは藤原京跡。何もない。ただの空き地だった。ここに都があったと言われてもまるで分からない。十五年ほどで遷都してしまったらしいのだが、地元の人らしいおじさんによれば、都の排水路の不備で汚水が低い側(大極殿側)に流れていってしまって、臭くて仕方なかったからなんて言ってた。ま、まだまだ都を作るテスト期間だったのかも。

広い空き地をぐるーっと歩いて、大極殿があったのかどうか分からないような、ちょっと木の生えたあたりをうろついて、すぐに飽きた。本当に何もないし。
次の今井はスルー。というか、こんなに予定を詰めて歩き回れないと思うのだけど(笑)恩田さんはどれだけ健脚なんだと驚いた。まだ初日だというのに、ヘトヘトだ。

宿泊先は明日香村の民宿。夕食は牛乳の入った鍋。ここいらは小説の内容と同じなので、同じ宿だったのかもしれない。
小説のなか、二人は夜に酒の自販機を探して宿を抜け出すのだが、小説の通りに玄関に鍵はかかっていなかった。
自販機はなかなか見つからなかったが、なんとか発見。すると近くに桜のライトアップがあった。石舞台古墳だ。

石舞台古墳のまわりに桜がずらりと植えられていて、そのピンク色がライトアップされている。ただ入場時間は終わっていたようで、外からしか眺められなかった。古墳ってことは墓だ。人様の墓のまわりで花見とはなんとも(笑) ただとても幻想的で綺麗だった。

翌日は明日香駅に荷物を預けてから、自転車をレンタルして明日香村を巡った。小説では徒歩だ。とても無理(笑)
遺跡巡りをしてまわる。小説のなかでは、主人公の兄がここで登場する。
兄の恋人と偽った女性は、妹をダシにして兄を誘い出すことに成功したわけだ。ただ兄の失踪の理由は語られない。また会うことを約束して兄は二人の元を去る。

ずっと連れの真意をはかれずに、東京に帰りたいと思いつつも、引きずられるように旅に付き合う主人公。
兄の言った「俺、もうあまり時間がないんだ」という言葉の不可解さ。

二人は石舞台古墳に向かう。私もまた行った。昼間に見る古墳はあっさりとしていて墓という感じはしない。しかも中に入れた。ただ大きな石に囲まれた半地下。石の壁だけで何もない。ただ中に入ってしまうと、さすがに墓だ。いい感じはしない。長居は無用とばかりに私はすぐに外に出た。

次は蘇我入鹿の首塚へ。丸、三角、四角の石が積み重なった、おでんの具みたいな塚。それから甘樫丘へ。
大和三山が見渡せるという高台なのだが、体力のない私はゼエゼエいって登った。いやはや、このルートを恩田さんが全てこなしたのだとしたら、とんだ人だ。石段のラストは本当に息が切れた。

眺めは良かった。真ん中に平地。まわりにこんもりとした山。
しばらく景色を楽しんでから、私は天理のビジネスホテルに向かった。
小説のなかでこの日の夕食は兄も交えて焼き肉屋に行くのだが、私は何を食べたのやら。さっぱり思い出せない。

兄の本心はまだ分からないが、主人公を騙した女性の目的はほぼ達成された。彼女は主人公の兄が好きだが、彼が好きなのは義妹(主人公)だと疑っている。

翌日は山の辺の道を歩く。日本最古の道らしい。
石上神宮から始まって、果樹園や古墳、地元の家々を眺め見ながら歩く。これがまた長い。途中には古い神社がある。

小説の二人は兄の言った言葉を思い返す。「遠いところへ行く」と兄は言った。それはどこなのか。まさか自殺をする気では? 恋人の死に責任を感じているのでは?

道をトレースする私は牧歌的な風景のなかで日頃の運動不足を思い知らされていた。連日歩きっぱなしなのだ。体力の限界が近づいている。
山の辺の道のラストは大宮神社。山をご神体としたとても古い神社だった。
達成感とともにドッと疲れがくる。奈良駅近くのホテルに電車で移動。大宮神社の鳥居はとても大きかった。恩田さんも帰りは電車だったのかもと思った。

その日の夜。兄の友人はホテルから消える。
翌日、主人公は新薬師寺に向かう。そこで申し合わせたように兄と再会する。新薬師寺は私も気に入った寺だ。仏像がずらりと並び、とても迫力がある。

兄と二人で百毫寺に向かう。それから春日大社などのおなじみの場所へ。
その時、着信があった。伝えられたのは……。
ネタバレしすぎたので、ここくらいは伏せておきましょうか(笑)

小説では法隆寺に行き、最後に明日香の橘寺。聖徳太子生誕の地。
そこで、全ての真相が明かされる。

私は橘寺はメインなのでもちろん訪れた。法隆寺は時間の都合上パス。
『まひるの月を追いかけて』の表紙絵は、この橘寺に向かう道を描いたものだろう。素朴なお寺だった。まわりは田畑で開けている。
小説を読み終わった時のように満足して、私は奈良を後にした。

さて、義兄の言う「遠いところ」とは? 彼が最も愛した人とは? 旅の途中で消えた女性は?
小説のトレースは面白い。この旅の記憶が、また再読を促す。
お勧めの小説だ。