2018/12/20 | 日記

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言文一致運動の概略(内田さん、阿南さんのレジュメ)


江戸末期・明治初期のものは、政界での、明治20年代以降のものは文壇での言文一致運動で、一つの繋がった流れではない。(言文不一致を問題としている点は同じ)


(政界の言文一致)

前島による漢字御廃止之議は、言文一致という発想を出しただけ。(特に具体的な政策があったわけではない)

また、明治初期のものは、欧米至上主義によるもので、国を統一させるための目的の元、文章の簡略化が図られた。(こちらも具体的な成果はなく、欧米の表音文字への憧れから、漢字廃止、表音文字使用(ローマ字、かな)などが挙げられたが衰退)

前島のものも明治初期のものも欧米至上主義という点では一致している部分もあるが、繋がりはない。


(文壇での言文一致)

文壇による言文一致運動は、そもそも言文一致を目的としたものではなく、新しい表現を求めた末に、言文一致体が生まれただけ。

欧米の書物やその翻訳本が大量に流入。翻訳本は外国の言葉を日本語に直すわけで、漢文訓読体とはまた違った専用の翻訳体(欧文直訳体)が必要された。

→そうした欧文直訳体による言い回しは漢文の時と同じく日本語に影響を与える(伊藤くんのレジュメ)

また、江戸期には小説と言えば勧善懲悪ものであったが、欧米の文化流入によりよりリアリティのある、写実的な(言うなれば日本ものより高度な)小説という新しいジャンルを知る。

こうした写実的な小説から、豊かで新しい表現を求めて二葉亭や山田はだ調、である調(まだ完全な言文一致体ではない)を用いて表現した。


こうした豊かな表現を求めた小説が、活字印刷のもと定着し、言文一致運動が盛んだった20年代から10年ほどたって、庶民の間にようやく言文一致体を受け入れるベースが整った。

だからこそ、教科書に言文一致体が載った。


次回は、文壇での言文一致に多大な影響を及ぼした翻訳本、文学、文体など翻訳に関わるものについて。そこでなにが行われたか、翻訳本が与えた影響とはなにかについて。