敏感であることと
鈍感であることには
それぞれメリットデメリットがある
過敏であると必要以上に苦しむだけ
過剰な鈍感は無関心と同じ恥ずべき心の在り方
それぞれのメリットデメリットを踏まえ
適宜使いこなすことが
必要な社会的スキルとなる
心の持ちようとしては
中庸、悟り、諦観、みたいな状態
ある種の美徳に繋がるのではないかしら
いろいろな人生経験の中で
かつてどれだけ心を保とうとしても
大きく揺らぐこともあった
私はそれまで築いてきた人間関係や、
仕事の業績や、手塩にかけて育てた部下や、
こだわりぬいて設計した家や、
実家との物理的距離や、お気に入りの風景、
たくさんの大切なものを
捨てて、
それは文字通り、捨てて、
そして家族とともに引越しして、
新天地を求めた
自分の大切な部分はそれで守ることができた
あの時逃げてよかった
そういう意味で逃げた先のこの今こそが
私にとっての中庸だと思っている
逃げは負けじゃなかった
安住の地というのは
勝ち取ることができる
行動を起こせるか起こせないか
ただそれだけ
心から安心して過ごすことができる
この日常に
もはやなんの怯えも恐れもない
(食べ過ぎとか…そういう恐れはあるけど)
愚直に何かと向き合うだけが
自分を成長させてくれる訳ではない
あの時の私に教えてあげたい
そしてこれから困難と戦うことになるだろう
自分の子供達にも
教えてあげたいと思う
もちろん逃げずに頑張ることも大事なのは
大前提だけれども
ホリエモンさんが以前
「拘置所に入ったことあるやつにしか分からない」
と発言されていた
その通りだと思う
(私は入ったことないけど)
逃げた人にしか分からない事もある
逃げたその先を知っているのは
逃げ果せた人だけだと思う
逃げることは恥じゃないと教えてあげられる自分でいいと思う
同様に失敗を否定したりしない
取り返しが付かないくらいの大失敗って
人生の中で何度かあるけれど
失敗からしか学べないことがあるのは事実で
失敗のその先に今の私があるのだから
失敗した自分に悲観する事はやめよう
そう根拠をもって子供達に伝えたい
と、長々と書いたのは
今横で子供達がヲタ芸を練習しているのです…
モンゴルにもうすぐボランティア研修に行くのだけれど、そこで日本の文化として披露するらしくて(白目)
そこで上手くいったら(?)カナダの語学研修でも当然披露するらしくて

もう白目むいてる場合じゃないぜよっ!あー、異文化コミュニケーション失敗、日本の価値を貶しめる行為と非難されるのが目に浮かぶ
「はい!ロマンス!!」
「次は抜刀ムラサメ!」
「まずはODA!!」
とか部屋で踊る子供達を思うと、震える

それ、きっと失敗するよ笑
もう見守るだけだけども
後日いたたまれない君たちの顔が目に浮かぶよ
つらいわー
せめてウケたらいいね
頑張ってほしいとは心から思うけど
逃げてもいいよ、無理にヲタ芸しなくていいよ
って言ってあげたい

