十界
ちまたでは
六道と四聖を併せて
十界の階層が
あると言われています。
六道
(六道とは、主に人間の内面において繰り返される(輪廻)世界を指す。)
地獄界
あらゆる恐怖に苛まれた状態。
餓鬼界
眼前の事象に固執する餓鬼の状態。
畜生界
動物的本能のままに行動する状態。食欲、睡眠欲、性欲、物欲、支配欲など、欲望のままに行動する状態を指す。
修羅界
会話を持たず「武力」をもって解決を目指す状態。日常的な喧嘩から国家間の戦争に至るまでの全般を指す。
人界
平常心である状態。だが、人間的な疑心暗鬼を指すともされる。
天界
諸々の「喜び」を感じる状態。主に瞬間的な喜びを指す。
人間の忌むべき部分、地獄界・餓鬼界・畜生界の三種をもって三悪趣(三悪道とも)と括られる場合がある。
三悪趣に「修羅界」を加え四悪趣(しあくしゅ)とされる場合もある。
三悪道に対し、修羅界・人間界・天上界の三種を三善道ともいわれる。
四聖(後述)を悟界というのに対し、六道を迷界ともいう。
そして
四聖 (四聖とは、天台宗において六道に付加された4つの世界を指す。寓画的な世界よりも、むしろ人間の精神状態といった意味合いが強い。この四聖を悟界(ごかい)という。)
声聞界
仏法を学んでいる状態。仏法に限らず、哲学・文学・物理学、さらには大衆娯楽や子供の戯言に至るまで「学ぶ」状態を指す。
縁覚界
仏道に縁することで、自己の内面において自意識的な悟りに至った状態。仏界における「悟り」とは根本的に異なる。
菩薩界
仏の使いとして行動する状態。自己の意思はともかく「行動」そのものを指すとされる。
仏界
悟りを開いた状態。
。。。。。。
「パパ! 何処行くの?」
「パパのお勉強する学校だよ」
小学五年生の娘が不思議な顔をしながら興味津々に聞いてきた
「パパの行く学校あるの?」
「うんうん あるんだよ」
「私もついて行っていい?」
う~ん…
えりちゃんにはまだ
むずかしいような気がする
っていうより
自分自身にも
まだまだと思うのが本音
ただどんな学校かは
えりちゃんにとって
いい経験になるかもしれないから
今回は校舎案内にして
連れていくことにした。
「えり!」
「うん」
「じゃ連れていくけど」
「パパを離れずに付いてくるんだよ」
「あと 注意も多いから パパの言うこと聞いて守るんだよ」
「はぁ~い」
そして二人で連れ添いながら校舎にたどり着く
その校舎の前でえりちゃんがつぶやく
「ええっと 一二三四五 五階あるね」
この校舎は
吹き抜けの屋上を含めて
地上六階
ただ地下に四階ある校舎とは
えりちゃんには
気がつくよしもなかった…
透さまが
十界の講話から
描いた
恒例(未完成)の作品
「透さま非常ボタン🦺ですよ」
「わかってるよこの作品だけは必ず完結するよ」
「でもまさかえりちゃんが…😭」
時は
2012年1月4日
また
私人さまの生き別れていた
愛娘えりちゃんを登場させていた🥵
ではでは
少々
私人さまの
【小さな風景…えりちゃん編】
私人さまの初代オクサマとの縁は
1982年から1992年
長女えりちゃん1987年🐣
長男アッくんは1989年🐣
とは
初代オクサマとの縁が途切れた後も
「パパは単身赴任と…」
取り繕って
子供の行事などでは駆けつけていた🏃♀️
ただ1996年
長女えりちゃんが小学3年
&
長男アッくん小学1年の運動会を最後に…
運動会が終わり
家で晩餐も終わり
子供たちを寝かせて
「おい、じゃ行くで🏃」
「はい🙂↕️」
翌日初代オクサマから☎️
何やらえりちゃんが
私人さまが出て行ったあと
一晩中泣きじゃくって大変だったと…
その出来事でお互い取り繕うのを
「僕を悪者にしてもう帰って来ないと…」
やめて生き別れを決意した。
ただ私人さまは当時
子供たちが成人したあと
再会出来るやもしれないと
一縷の望みを託した🤲
つづく