享年68歳と聞いて、なんとも複雑な思いに駆られる。
東日本大震災復興支援における石巻での活躍と高校生の語り部支援の印象はまだ鮮明に残っている。
その後のフィリピンでの養豚事業、
ガラパゴス島から写真が送られてきたときは流石に驚いた。
聞くと、世界一周の旅を2回もしているとのこと。
東京オリンピックのボランティアのつもりで始めたという都内の穴場案内人として連れて行ってくれたどことも言えない場所の数々。
私の子どもたちの母校で「重力波の発見にかかわる講演会」がありますと案内を出したら、埼玉まで飛んできて興味深げに聞いていた。
養豚事業では、豚が育つまで待てなかったのか、パートナーがドロンして結構な被害を被ったとか。
最近は養鶏事業に切り替えて、アデンさんという信頼のおけるパートナーができたと喜んでいた。
Facebookには、銀座だの神田だの茅ヶ崎だのと川崎からとは思えないところで自転車で動き回る姿が投稿されていたので、病気は寛解レベルになったのかと思っていました。
68歳と言う若さには立ちすくむ気もしますが、生きてきた太さ、熱さは私たちの100年分以上の価値があると思う。
彼が成し遂げたことの大きさは、東日本だけでなく、フィリピンだけでなく、多くの人の心に「感謝の気持ち」となって今も生きている。