めろんぱん -45ページ目

大晦日実感中

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大掃除や年賀状はサボっても大晦日とお正月の料理はサボれない。まぁこれは仕方ないか。

昨日は買い物三昧、今日は午前中から煮物とお汁粉とお雑煮の仕込み。里芋の皮むき過ぎて手が痛いよ❗️

午後はポテトサラダと鳥唐揚げの仕込み。
うちは普段は義父母と食事が別だけど、大晦日の夜とと元旦の朝は全員で食べる。それに加えて甥と姪が年越しそばとお雑煮を目当てに突然現れるはず。最大で8人揃うとなると、他にカニと刺身もあるけど多分足らない…。もう一品欲しいところだ。何か考えなきゃ。

あーもうお腹すいた!
とりあえずお昼にしよう。

女ダブ初優勝〜♪

武者修行女ダブ編。
クリスマス🎄を前にして中級ダブルスで初優勝できた😆
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予選2戦しての準決勝、そして決勝の4戦全勝。
立て続けの試合だったし、自分としてはミスが多くてその修正に悪戦苦闘していたから、終わってみたら優勝してた、という感じ。

それでも優勝を決めた最後の1本は覚えている。
スコア的にはリードしていたところから5-5まで追いつかれて次のゲームを取った方が勝ち、という自分のサービスゲームだった。強風の向かい風のサービスゲームはこれまで2回とも落としていてこのゲームも15-40になった。ここからなんとか40-40に追いつき1本勝負に。
デュースサイドでは相手ペアの早いタイミングのリターンに苦しめられていたけれど、とにかくサーブをバック側に入れることに集中。するとリターンが少し浮いた。それをアプローチするつもりで前へ出ながら気が変わってストレートへ中ロブを打ってみた。相手前衛の上を抜けて追いかけた前衛の返球がネット!やったー!

4戦とも本当に自分のミスが多く、凹んだ💧
ペアのMちゃんには何度も助けられて、彼女あっての優勝だった。
彼女のプレースタイルは完全にストローカーで、あまり前へ出ない、守りに固いタイプ。私はオールラウンダーでダブルスでもなるべく前へ出てボレーで決めたい。どちらかと言うと私の方がリスクの高いスタイルだから、ミスが増えるのも仕方ないとも言えるけど、あまり多いとさすがにペアに悪いなーという気持ちになってテンションも落ちてしまう。決勝でもそうなりそうになった。だけど自分でも図太いと思うけど、試合で大事なのはミスは忘れることだと思う。自分のミスもペアのミスも。次、どうするかに集中する。

ダブルスで難しいのはペアとの関係で、ミスを引きずる人とは組めない。Mちゃんは常に前向きだからやりやすい。シングルスLOVEの私が女ダブにも真剣に取り組んでいるのも彼女とだからだ。
そんなMちゃんとの優勝だったから素直にうれしいし、研究熱心な彼女は意外にもこれが初の優勝だ。おめでとう🎉

女ダブ、ちょっと面白くなってきた。Mちゃんに見捨てられないように私もがんばらなくちゃ!

シーズンオフの方が忙しい

年内にやっつけておこう。
シーズンオフにやってくるテニスエキシビバブル。
つまり、錦織くんの「ドリームテニス」、IPTL、三鷹MTSでの「ヒートジャパン」の3週連続イベント。今年はドリテニはパス、IPTLとヒートジャパンを観戦。

ドリテニのロディックはとんねるずのお正月番組で見るとしよう。。。


さてIPTL。
3年目?4年目?日本を皮切りに4カ国で開催される国際エキシビチーム戦。
4カ国…だったんだけど3カ国に縮小されてしまった。それもそのはず、ガラガラだもん!(T ^ T)
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日曜日の圭くん出場のジャパンチーム戦の時でさえこんな感じ。ショックなうさぎ
後の2カ国シンガポールとインドでも同じような状況で、こりゃ来年はないな。。。

それでも生観戦してみれば次々と有名選手が出てきてやっぱり楽しい!
今回のようなフォーマットはもう飽きたけど、コンパクトに有名選手が見られるエキシビは続けて欲しい!

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ジャパンウォリアーズの面々。お目当てのゴンのプレーは結局見られなかった。

会場のさいたまスーパーアリーナには初めて行った。有明より近いよ!駅も周りの建物も大きい!土地がある!広い!さすが埼玉、やっぱりオリンピックは埼玉でやればいいんだ(何度もうるさい?笑)

ところで、私にとってさいたまスーパーアリーナといえば、コンサート会場でもイベントホールでもなく、日曜日朝の特撮番組のロケ地なんですよ!
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そうそうこれ!ここ!怪人でてきそう!笑
分かる人だけ分かればいいのよ。

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日本は最初の開催地で、次はシンガポール、最後はインド。優勝チームはモヤ、メロ、キリオスがいるシンガポールスラマーズ。
おめでとう!
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IPTLの次の週には、早起きして三鷹のMTSで行われた恒例ヒートジャパンに行った。
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日本選手によるエキシビ。
鈴木貴男、添田豪、内山靖崇、吉備雄也の4人が出場。
予定では伊藤竜馬と綿貫陽介が出るはずだったんだけど2人とも怪我でお休み。綿貫くんは2日とも会場に来てくれてサイン会も参加してくれた。
プレーを見たかったから残念だったけど、きちんとスピーチできるしファンサービスもバッチリで大物ぶりを発揮していた!これでうちの息子と同い年カナヘイ!?

その前の週に添田くんはワイハで結婚式を挙げたんだよねカナヘイきらきらいい笑顔だー㊗️おめでとうカナヘイハート
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で、その添田選手が優勝🏆
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プレーも楽しかったし、司会の鍋島アナ、主催の増田健太郎さんのしゃべり、何と言っても貴男ちゃんに突っ込めるのは増田さんしかいないよね!
来年も是非!絶対行きたいイベント!


ロジャー不在の2016年後半。
ツアーではやっぱり寂しくて、テレビでもあまり観る気がしなかった。だからかえってエキシビの方が気楽に楽しめたのかも知れない。

みんな、2016お疲れ!

勝利と引き換えに

わーい爆笑
女子シングルスオープン2回連続優勝しちゃった音譜

決勝で5-1までいったのにそこから5-4までまくられて心が折れるかと思った滝汗
しかしそこはなんとか平常心でやるべき事を再度徹底するように心がけ、どうにか勝ち切ることができた。

試合の運営スタッフさんもいい試合だったって褒めてくれたし、大きな勝利だったね❗️チョキチョキ


しかし多分、このがんばりと引き換えに明日…いや明後日からの筋肉痛と疲労感はハンパないに違いない…ガーン

シングルスオープン

武者修行再開で今日はシングルスオープン。
昨日の雪の影響かは分からないけどこれまでになく渋滞して、30分前には着くように出て来たのにあわや遅刻か?!という目に遭った(@_@)

でも良かった、間に合って。
久しぶりに優勝しちゃった!(≧∀≦)

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予選2勝しての決勝。
今課題にしているショート気味のクロス、予選では腕が振れてなくて角度がつかなかった。決勝が決まった時に進行役のスタッフさんに「前で捉えて」とアドバイスをもらって気をつけてみたら何本かいいのが決まった。決勝戦が一番リラックスしていい出来だった。
あの感じを忘れないようにしないと!

4ヶ月ぶりのシングルスの試合。やっぱり楽しかった。
やっぱりシングルスが好きだ!

武者修行再開

義母の生活が安定してきたので、3ヶ月ぶりに武者修行を再開することにした。まずは女ダブから。

以前も組んだテニススクールで一緒のMちゃんと。
実は年明けに彼女との女ダブで区民大会に出るのでその練習。

レベルはオープンだったんだけどさほど高くはなかった。結果は4戦して3勝1敗。
負けたペアはそのまま優勝してた。

前回もそうだったが、自分たちが何をすればいいのか分からないままだと負ける。
相手ペアの弱点とか穴を探ってそれを突くことでポイントを取るわけなんだけど、それがなかなか見つけられないままだとやっぱり対応できなくて負けてしまう。
もっと自分たちからポイントできるパターンをいくつも持っていないと強い相手には勝てないんだ!と、またしても同じ結論に至った。

これって、シングルスでも抱えている悩みだ。
ミスしないだけでは強い相手には勝てない。


しかし久しぶりの試合だったし、Mちゃんとはいろいろ話しながら試しながらプレーできるから楽しかった。

次はシングルスだ。
楽しみ〜

義母の退院

10月中旬に義母は退院した。
おっと…おめでとう〜は早いですヨ笑

退院したらしたで2倍忙しくなった。。。

すんなり退院したわけでもなく、10月初旬にまずは試験外泊ということで自宅に2泊した。
私も家族もそのまま退院でいいのかとばかり考えていたら大間違いで、炎症の数値が高いからまた病院に戻らなければならないという。
こっちは大急ぎで介護ベッドをレンタルし、帰宅に備えた。
しかし肝心の義母の調子は良くなく、従って機嫌も良くなく、「病院に帰りたい」と言い出す始末。
せっかくの一時帰宅もかえってマイナスかと家中がなんだか暗くなってしまった思いだった。

病院に戻って次の日の夜、また「パニックになっているので来てください」と病院から呼び出された。
行くと病室へ向かう廊下で既に義母の唸り声が聞こえる…
病室では胸が痛い痛いと荒い息で若い看護師を困らせていて、私とダンナが側に行くと「もう死にます、お世話になりました」と私たちにしがみついて来た。
「もう何時間も呼んでくれって頼んだのに家に連絡してくれない」「先生もこない」「こんな病院はダメだ」と大きな声でまくし立ててとにかく興奮状態だ。
だけど看護師に聞くと、こうなってから30分くらいしか経っていないというので、まずは落ち着かせようと手を握って「大丈夫」と話しかけ続けた。

再び貧血の数値が良くないので明日輸血をするという説明をしていたらイキナリこうなったらしく、不安と不信からパニックになったと思うが、主治医に連絡を取って安静にできる注射をしてもらうことになった。

結局私たちが行ったことと、注射をしてもらえたことで、1時間もしないうちに落ち着いてきて、最後には「もういいわ、帰って」と何事もなかったかのようになった。


貧血は再び悪くなっていたのは事実で、次の日2度目の輸血をした。そこで数値が持ち直したので晴れて本当の退院となった。

ダンナいわく、「こんな厄介な患者、さっさと出したいだろうな」。(^_^;)確かに!



さて、退院したといってもすぐな何でもできるわけではなく、体力も落ちているのでしばらくはベッドで寝たり起きたりの生活だ。つまり病院と同じ。しかし我が家には看護師はいない。全部私とダンナがやるのだった。

義母と義父の3度の食事、薬の管理、生活の管理…
この記事を書いている今は退院してひと月経ってだいぶ自分でできることが増えたから楽になったが、始めの2週間は大変だった。
義母はベッドにいるが、体調が良くないとちょっとしたことで義父を怒りヒステリックに騒ぎ立てた。入院前からよくあることだったのだが、体力が落ちて余計にガマン鳴らなくなっているらしい。

義父も私たちが世話していた2か月静かに過ごせていたのにまた怒られる日々が戻ってきたわけで、これが原因かは分からないが、義母が戻ってきて3日後にデイサービスで倒れて救急車で運ばれた。私は仕事中に呼び出されたが、とりあえず大したことなく帰ることができた。

私も1週間後にめまいで起き上がれなくなった。
半日休んで仕事に行ったのはめまいが収まったからだけでなく、家に居たくなかったからだ。


この様な状況をみて、ダンナが義父と義母の生活空間を切り離す提案をした。
部屋を分けて食事もそれぞれの部屋で別々にとる。接触を減らすことで衝突を減らす作戦だ。

これはうまくいった。
明らかに義母が大声を出すことが減った。視界に義父が入らないので、義母も世話を焼かなくなり自分の体の養生に専念する気持ちになってきた。


そうこうしている内に入院中に申請していた介護認定の結果が出て「要介護1」となった。
義父と同じケアマネジャーにお願いすることとし、早速リハビリのためのデイサービスに通う手配をした。
半日を週2日。疲れるとか足りないとか言いながらもなんとか通ってくれている。最近は買い物がてら散歩に出かけたり、義母なりに体力を戻そうという意欲も見られるようになった。


不思議なことに、義母は2か月の入院の半分は覚えていないという。最初に体調を崩した以前のことも覚えていない。さらには一時帰宅した2泊のことも覚えていないらしい。入院した病院の名前もポッカリ抜け落ちてどうしても思い出せない。
いっ時でも意識障害があると脳のどこかがやっぱり傷ついてしまうのだろうか。


こうして義母の入院騒動はいったん収束を見た。
しかし糖尿と貧血とメニエール病と大腸憩室炎という持病を抱えてこれからどうなるのか、まだまだ続く…と、ありがちな締めの言葉でひとまずおしまいにしようと思う。

なかなかイイ

スマホでブログを書くのが億劫で、ついにワイヤレスキーボードを買ってしまった(^^;)

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いいね!
やっぱり長文を書くなら両手じゃないと。
スマホをスタンドに立ててテーブルに置きながら膝の上でキーボード入力できる。

薄くて軽いし、熱くもならないからオススメ!

義母の入院(4)

一度はボケてしまってどうなる?!と心配だった義母はなんとかまともに戻った。

結局ナトリウム不足による一時的な意識障害ということだったようだ。

その落差に私達も驚いたが、ボケていた時に見舞いにきた甥に「アンタが来たことも忘れてるよ!(笑)」と教えたら再度行ったらしく、そりゃもうビックリだったらしい。

 

で、今度こそ本来の糖尿病の治療に専念できる・・・と思っていたが、そう甘くはなかった。

 

【9月13日】

前日の月曜日に様子を見に行った時は、元気とまではいかないものの普通の状態に戻っていた。ボケていた時のことを話すと「もうイヤねぇ!」と全く覚えていないことに驚いて笑った。

ところがその日の夕方電話がかかって来て次の日主治医の先生の話があるから来てほしいと言われたので、仕事を終え義父の食事の用意だけして病院へ行った。

 

今度は貧血が出たという。

 

義母はもともと貧血も持っていたがそれは腎性貧血だと聞いていた。今回のはそれとはちょっと違うらしいが、とにかく貧血の数値が酷く悪いので輸血の許可が欲しいと言うことだった。

考えられる原因は2つ。

ひとつは入院してから体調を悪くしたことで様々な薬剤を投与しているから、身体が疲れてしまって一時的に血液を作る機能が落ちているのではないか、ということ。

もうひとつは血液を造る工場である骨髄が全く働かなくなっているのでは、ということ。

ひとつ目なら薬を止めて負担を少なくして輸血をすることで回復するはず。

しかしもうひとつの方だと骨髄の詳しい検査をしなければはっきりしない、つまりガンかも知れない。だけど骨髄の検査というのはかなりキビしい検査で、身体が弱っている85歳の高齢者が果たしてそこまで検査をして、さらにガンだったとすればそこから辛いガンの治療に耐えられるのかどうか。。。。もちろん決めるのは本人と家族ですが、という説明だった。

 

ちょっと重い話になってしまったけれど、とにかく今できることは輸血をして数値が良くなることを待ってみることしかない。

 

 

で、次の日輸血をした。

幸い貧血は改善して、これですこしずつ薬を戻していって問題なければ糖尿病の治療に専念できるというところまできた。

 

9月の終わりまでの2週間で問題なく進み、糖尿病の薬も全量飲めるようになって血糖値もやや安定してきた。

ちなみに本人は貧血と言われても寝てばかりいて動いていないから自覚症状なんてほとんどない。なぜ輸血をしたのか説明は受けたし私達からも言ってはいたが「あ、そう」てな感じで分かっているのか分かるつもりがないのか。

それでもどこも気持ち悪いところもなく機嫌良くリハビリに励んでいるのならありがたい。とにかく退院しても動けなくては困るのだから。

 

 

そして10月に入ったところで、いよいよ(やっと!)「退院」の2文字が浮上してきた。先生が言うには、2ヶ月入院していたからいきなり退院というよりは「試験外泊」という形で家に戻ってみて、大丈夫そうならそのまま退院でいいです、とのこと。

 

おぉ、いよいよ帰ってくるのか!

 

義母の入院(3)

【9月3日】

この日は主治医の先生との面談。

その前に、義母の病室が変わったと連絡を受けた。

前日私が帰ってからまた頭が朦朧としているのに1人でトイレに行こうとして転んでしまったため、目が離せないということになってナースステーションのある階の病室に移すということだった。

新しい病室に行ってみたが義母はダンナのことを孫(=私達の甥)だと思って「いつ来た?」とか「しっかりやれ」とか言っている。私のことは看護師だと思って「私は2回子育てしたんです」とか言っている。ボケは治っていない。

吐き気やめまいは多少はマシになっているようだけど苦しそうな不機嫌そうな表情で目をつぶったままアイス枕を頭に当て続けているのは変わらず。

 

主治医の先生の話では、大腸からの出血で絶食したことの影響が大きくナトリウム不足による意識障害が出てしまった。点滴で吐き気止めやめまい止めを入れているのでそれで様子を見るしかない。少しずつだけど口から食事がとれるようにはなっているのでナトリウム不足は解消されつつあるけれど、意識が以前のように戻るのがいつになるかは個人差があるのですぐに戻る人もいればしばらくそのままの人もいる、とのことだった。

こんな状態だから糖尿病の治療の方はストップしてしまっているので、以前の状態に戻って薬を再開して血糖値が安定するまでまだあと数週間かかるとのこと。

本来ならあと1週間くらいで退院できただろうから、またゼロとまでは言わないまでもだいぶ後退してしまった。

 

先生との話を終えてから、甥が病院に来た。

(甥は現在秋葉原で同棲中。フリーターをしながら声優を目指しているが今のところ芽は出ない。母はダンナの姉で甥が小学校低学年の頃に亡くなった。それから甥と1つ上の姪の2人をうちで引き取って義母が育てた。)

いきなり義母に会わせるのはショックだろうから昨晩電話でこれまでの経緯を話してあった。それでもまるで話の通じない義母の様子に驚いていた。義母は甥のことをなぜか会社員だと思っていて、「会社の人から電話で聞いたのか」とかしつこく聞いてくる。

だけど甥が来て少し刺激されたのか話の最後の方では笑顔も出てちょっと安心した。せめて気分だけでも少しでも良くなれば。。。

 

 

この前後数日、義母のボケがいつまでも治らないのは困るので、ダンナは自分でネットで調べてナトリウム不足解消の手助けにならないかと梅干しとか塩タブレットとかを病室に持ち込んで食事の時に食べさせたりした。

梅干しはおかゆの進みも良くなるようで、少しずつながらも食事が摂れるようにはなってきた。

こんな時私だったら薬でなんとかしてもらおうとしか思い至らないが、ダンナは仕事でアロマセラピーやリフレクソロジーなどに接しているだけあって医者に頼る以外の方法も模索して実践できるあたりはさすがだと思った。

 

 

【9月9日】

約1週間ぶりに行ってみたら、今度はまともに戻っていてビックリした!

話が通じるじゃないか!

前日に行って来たダンナにだいぶ良くなったと言われてはいたものの、本当に不思議だ。

その代わりボケていた時のことはまるっきり覚えていなかった。病室が変わったことも甥が来たことも。転んだことも。

夢と現実の境目もあやふやなことがあり、なぜかダンナが大きな梅干しの瓶詰めを買って来て2階の冷蔵庫に入れたのにそれがなくなっている。病院だからきっと誰かが盗って行っちゃったのよ、と。私がそんなもの買ってませんよと言っても、いや違う、誰かが持っていっちゃったのよ、仕方ないわね、と。ダンナが一生懸命梅干しでお粥を食べさせていたことは忘れているのに梅干しというキーワードだけが残って夢を見たのだろうか。

 

しかし先週の別人格のような義母を考えればこんなに早く戻るとは本当に驚きだし本当に良かった。

 

 

まだつづく。。。。