実家で年末年始
12月30日に実家の母が退院してくるというので、年末年始を初めて自分の家以外で過ごすこととなった。
母は11月初めにお風呂上がりに転んで腰椎を3回目の圧迫骨折してしまい入院、リハビリをしていた。
本来なら30日は一時帰宅で新年4日に病院に戻るという話になっていたのだけど、母がもう病院にいたくないと言うので退院することとなった。
主治医の先生も「どっちでもいいですよ」という中途半端な許可をくれたようで正直身内にとってはこの退院はちょっと迷惑(^ ^;、先生ちゃんと止めてくれなくちゃダメじゃん!
まずは娘と2人で実家へ。
30日は姉が迎えに行って昼過ぎに母が戻って来た。
車から家までの移動は一人が支えながら伝い歩きでなんとか。
この日のためにベッドはリクライニング&高さ調節がきくものを、リビングにはソファの代わりにこれまたリクライニング&高さ調節機能つきのイスを介護保険でレンタルしておいた。
このイスがなかなか優れもので、座る時と立ち上がる時には座面を高くして腰に響かないようにできてリクライニングも座面ごと傾くので座った姿勢を保ちながら後ろへ倒れることができ、腰が伸びてしまうことがない。まさにニーズにピッタリ!便利になったもんだね
母は5つある腰椎のうち3つを圧迫骨折してしまっているので胸の上まであるごついコルセットをつけてきた。サイボーグみたいだ。
寝るとき以外はコルセットをつけているように言われてきたらしい。
コルセットをつけていれば少し腰が安定して立ったり座ったり、ベッドに横になったり、少しならカートに掴まって一人で歩くことができる。トイレも一人で行ける。着替えも座ったままゆっくりできる。
しかしできるのはそこまで。
家事はもちろん、下に落ちたものを拾うこともできない。
だから手伝いの私のミッションは、身体介護というより生活援助。家事全般を代わりにやる。
入院前も同じように手伝いにきていたが母も限界はあるものの身の回りのことは自分でできた。私は割と家事に専念することができたのだけれど、今回は「あれ取って」「冷蔵庫から水を持ってきて」と呼ばれて中断しなきゃならない場面が多く、疲れた。特に食事の用意を忙しくしているところへ、食卓に着きながらサラダを目にすれば「ドレッシング取って」「取り皿ね」「お水も」、食事が終わってお皿を下げるのに忙しいのに「薬の水ね」「台ふきんお願い」などなど・・・こういうのって結構疲れるのよ。。。1週間も続けてるともうウンザリしてしまう。
「できない本人が一番辛い」
それは十分に分かってる。嫌になりそうになるといつも心の中で自分に言い聞かせてる。
だけどやっぱり思いつくまま用を言いつけられ続けてると黒い気持ちがわいてきて、よく聞く介護従事者による虐待だとかの現実が身近に感じられたりする。下に落ちている物すら取れないんだから、必要な物をわざと取ってあげなかったり遠くに置いたりして意地悪することも簡単にできてしまうんだなーと。介護される側にもする側にも感情がある。これがやっかいなシロモノなんだな。
初めて実家で過ごす年末年始、お正月の準備も私がしなきゃならない。
家ではお義母さんと分担だから大したことしなくて済んでるけれど、全部一人でやるって大変なのね
人数も少ないし、必要最低限の超省略バージョンで!

煮物。


ポテトサラダ。

おしるこ
大晦日の夜は年越し、ではなく年内そば。紅白を見ながら夜食におしるこ。
元旦は朝に用意できる物で、

お屠蘇(お酒入れるだけ)とかまぼこや伊達巻き(切るだけ)、きんとんや黒豆(パックで買ってきた物を並べるだけ)。

お雑煮。実家のお雑煮は醤油味の汁に鶏肉と小松菜と長ネギだけのシンプルなもの。
外に出かけられないので初詣は省略。
元日の夜はタラバガニ
(写真撮るヒマなかった…)
両親と娘、だれもカニの殻に立ち向かうことができないので私が一人ハサミで甲羅を切り中身を出して3人に分ける。いそがしい~
たくさんは食べられないので4人で2肩(脚8本)で余るくらいだったけれど、両親には久しぶりのカニで喜んでくれたのでよかったよかった。
2日にダンナと長男が来た。
夜は姉一家と一緒にすき焼き。
私は家ではすき焼きを作らないので(だってお肉高いんだもーん)、息子はこの年1回のすき焼きを非常に楽しみにしている(笑)
3日の夜はお刺身。
自分のお財布じゃないと思うと躊躇なく高い食材を買えるわ!(^ ^;
ダンナだけ帰宅。
これでひと通りごちそう三昧したので4日はもやし炒め。グーンとお安く。
両親の分はこの日からいつも取っている宅配弁当が再開。おかずの心配はなくなった。
4日は退院後初めて母のシャワー浴をしてみた。
浴槽へはもちろんまだ入れないのでシャワーだけ。実家のお風呂場は、全くバリアフリー対応されていないので段差だらけで非常に使いづらい。介護保険で手すりはいくつかつけたものの両親とも脚が上がりにくくなっているので家中で一番危険な場所かもしれない。実際母が転んだのもここだし。
私も100円ショップで見つけたビニールのエプロンをつけて一緒に浴室に入り、母は洗い場でイスに座ったまま自分で洗えるところを洗い、他は私が手伝った。姉にも見守っていてもらって二人掛かりでどうにかシャワー浴を終えた。
シャワーについては今後どうするか検討事案だ。
姉が手伝うのか、誰か人を頼むのか。
これまでも「見守り」と称してケアセンターから人が来てくれていたんだけど、その人は本当に「見てるだけ」で、一緒に浴室に入りもしないらしい。母も自分でできたので念のための見守りだったからそれでもよかったけれど、これからはそうはいかない。
あとはデイサービスでもお風呂に入れてくれるというのだけど、デイサービスに行くのは母が嫌がっているのでダメらしい。
ケアマネージャーさんに相談したら、とりあえず1回「介助」ということで人を寄越してくれることになった。どういうやり方に落ち着くかはそれからってことで。
母が4日に病院に戻るのを見届けて帰るつもりだったのだが帰らなくなったので1日延ばして私たちは5日に帰ることになった。
こういう生活、1週間が正直言って限界だ。
子供たちは姉の子供たち(娘中2、息子中1)とずーーーーーーっと遊びっぱなし。
娘なんか夜も向こうで寝てこっちに帰って来やしない(笑)
まぁこっちにいても体の不自由な年寄り2人の相手じゃつまらないだろうけどね。
それでも5日に帰るっていうと「もっといたい」とブーイング。冗談じゃないよ
30日に退院してきてからずっと私というお手伝いさんのいる生活だったものだから、両親もこれから2人でできるのかと不安ばかり口にしていたけれど、できることだけやってなんとかこの生活にも慣れて行ってもらわないとこっちも困る。
今日は7日、帰ってから2日経ったけど電話もないところをみるとなんとかやっているのだろう。
あとは母の骨がこれ以上折れることのないよう祈るのみ。
リウマチ発症からそろそろ丸7年が過ぎる。
父のパーキンソンも5年くらいになる。
一進一退どころか3歩進んで5歩下がるっていう感じだけど、先のことは考えないようにしている。
考えても仕方がないことは考えない。これが日々を乗り切る秘訣!(私だけ?)
家に帰って来てやっぱり一気に気が抜けたのか、何もしないで夜10時に寝ちゃった。
で、次の日はたるんだ体をどうにかしなくちゃ!とスポーツセンターにジョギングしに行った。
ちょっとだけ。それでも少しは気が済んだかな。
新年になると「今年こそトレーニング続けるぞ!」と何度誓ったことか(笑)
だけど今年も誓ってみたい。
「テニスのためにトレーニングにも力を入れる!」
年々なくなっていくスタミナにストップ!
運動してるのにたるんでいく下腹にカツ!!
お願い、誰か4月頃に「続けてますか?」と確認入れてもらえる~?(爆)
母は11月初めにお風呂上がりに転んで腰椎を3回目の圧迫骨折してしまい入院、リハビリをしていた。
本来なら30日は一時帰宅で新年4日に病院に戻るという話になっていたのだけど、母がもう病院にいたくないと言うので退院することとなった。
主治医の先生も「どっちでもいいですよ」という中途半端な許可をくれたようで正直身内にとってはこの退院はちょっと迷惑(^ ^;、先生ちゃんと止めてくれなくちゃダメじゃん!
まずは娘と2人で実家へ。
30日は姉が迎えに行って昼過ぎに母が戻って来た。
車から家までの移動は一人が支えながら伝い歩きでなんとか。
この日のためにベッドはリクライニング&高さ調節がきくものを、リビングにはソファの代わりにこれまたリクライニング&高さ調節機能つきのイスを介護保険でレンタルしておいた。
このイスがなかなか優れもので、座る時と立ち上がる時には座面を高くして腰に響かないようにできてリクライニングも座面ごと傾くので座った姿勢を保ちながら後ろへ倒れることができ、腰が伸びてしまうことがない。まさにニーズにピッタリ!便利になったもんだね

母は5つある腰椎のうち3つを圧迫骨折してしまっているので胸の上まであるごついコルセットをつけてきた。サイボーグみたいだ。
寝るとき以外はコルセットをつけているように言われてきたらしい。
コルセットをつけていれば少し腰が安定して立ったり座ったり、ベッドに横になったり、少しならカートに掴まって一人で歩くことができる。トイレも一人で行ける。着替えも座ったままゆっくりできる。
しかしできるのはそこまで。
家事はもちろん、下に落ちたものを拾うこともできない。
だから手伝いの私のミッションは、身体介護というより生活援助。家事全般を代わりにやる。
入院前も同じように手伝いにきていたが母も限界はあるものの身の回りのことは自分でできた。私は割と家事に専念することができたのだけれど、今回は「あれ取って」「冷蔵庫から水を持ってきて」と呼ばれて中断しなきゃならない場面が多く、疲れた。特に食事の用意を忙しくしているところへ、食卓に着きながらサラダを目にすれば「ドレッシング取って」「取り皿ね」「お水も」、食事が終わってお皿を下げるのに忙しいのに「薬の水ね」「台ふきんお願い」などなど・・・こういうのって結構疲れるのよ。。。1週間も続けてるともうウンザリしてしまう。
「できない本人が一番辛い」
それは十分に分かってる。嫌になりそうになるといつも心の中で自分に言い聞かせてる。
だけどやっぱり思いつくまま用を言いつけられ続けてると黒い気持ちがわいてきて、よく聞く介護従事者による虐待だとかの現実が身近に感じられたりする。下に落ちている物すら取れないんだから、必要な物をわざと取ってあげなかったり遠くに置いたりして意地悪することも簡単にできてしまうんだなーと。介護される側にもする側にも感情がある。これがやっかいなシロモノなんだな。
初めて実家で過ごす年末年始、お正月の準備も私がしなきゃならない。
家ではお義母さんと分担だから大したことしなくて済んでるけれど、全部一人でやるって大変なのね

人数も少ないし、必要最低限の超省略バージョンで!

煮物。


ポテトサラダ。

おしるこ

大晦日の夜は年越し、ではなく年内そば。紅白を見ながら夜食におしるこ。
元旦は朝に用意できる物で、

お屠蘇(お酒入れるだけ)とかまぼこや伊達巻き(切るだけ)、きんとんや黒豆(パックで買ってきた物を並べるだけ)。

お雑煮。実家のお雑煮は醤油味の汁に鶏肉と小松菜と長ネギだけのシンプルなもの。
外に出かけられないので初詣は省略。
元日の夜はタラバガニ
(写真撮るヒマなかった…)両親と娘、だれもカニの殻に立ち向かうことができないので私が一人ハサミで甲羅を切り中身を出して3人に分ける。いそがしい~

たくさんは食べられないので4人で2肩(脚8本)で余るくらいだったけれど、両親には久しぶりのカニで喜んでくれたのでよかったよかった。
2日にダンナと長男が来た。
夜は姉一家と一緒にすき焼き。
私は家ではすき焼きを作らないので(だってお肉高いんだもーん)、息子はこの年1回のすき焼きを非常に楽しみにしている(笑)
3日の夜はお刺身。
自分のお財布じゃないと思うと躊躇なく高い食材を買えるわ!(^ ^;
ダンナだけ帰宅。
これでひと通りごちそう三昧したので4日はもやし炒め。グーンとお安く。
両親の分はこの日からいつも取っている宅配弁当が再開。おかずの心配はなくなった。
4日は退院後初めて母のシャワー浴をしてみた。
浴槽へはもちろんまだ入れないのでシャワーだけ。実家のお風呂場は、全くバリアフリー対応されていないので段差だらけで非常に使いづらい。介護保険で手すりはいくつかつけたものの両親とも脚が上がりにくくなっているので家中で一番危険な場所かもしれない。実際母が転んだのもここだし。
私も100円ショップで見つけたビニールのエプロンをつけて一緒に浴室に入り、母は洗い場でイスに座ったまま自分で洗えるところを洗い、他は私が手伝った。姉にも見守っていてもらって二人掛かりでどうにかシャワー浴を終えた。
シャワーについては今後どうするか検討事案だ。
姉が手伝うのか、誰か人を頼むのか。
これまでも「見守り」と称してケアセンターから人が来てくれていたんだけど、その人は本当に「見てるだけ」で、一緒に浴室に入りもしないらしい。母も自分でできたので念のための見守りだったからそれでもよかったけれど、これからはそうはいかない。
あとはデイサービスでもお風呂に入れてくれるというのだけど、デイサービスに行くのは母が嫌がっているのでダメらしい。
ケアマネージャーさんに相談したら、とりあえず1回「介助」ということで人を寄越してくれることになった。どういうやり方に落ち着くかはそれからってことで。
母が4日に病院に戻るのを見届けて帰るつもりだったのだが帰らなくなったので1日延ばして私たちは5日に帰ることになった。
こういう生活、1週間が正直言って限界だ。
子供たちは姉の子供たち(娘中2、息子中1)とずーーーーーーっと遊びっぱなし。
娘なんか夜も向こうで寝てこっちに帰って来やしない(笑)
まぁこっちにいても体の不自由な年寄り2人の相手じゃつまらないだろうけどね。
それでも5日に帰るっていうと「もっといたい」とブーイング。冗談じゃないよ

30日に退院してきてからずっと私というお手伝いさんのいる生活だったものだから、両親もこれから2人でできるのかと不安ばかり口にしていたけれど、できることだけやってなんとかこの生活にも慣れて行ってもらわないとこっちも困る。
今日は7日、帰ってから2日経ったけど電話もないところをみるとなんとかやっているのだろう。
あとは母の骨がこれ以上折れることのないよう祈るのみ。
リウマチ発症からそろそろ丸7年が過ぎる。
父のパーキンソンも5年くらいになる。
一進一退どころか3歩進んで5歩下がるっていう感じだけど、先のことは考えないようにしている。
考えても仕方がないことは考えない。これが日々を乗り切る秘訣!(私だけ?)
家に帰って来てやっぱり一気に気が抜けたのか、何もしないで夜10時に寝ちゃった。
で、次の日はたるんだ体をどうにかしなくちゃ!とスポーツセンターにジョギングしに行った。
ちょっとだけ。それでも少しは気が済んだかな。
新年になると「今年こそトレーニング続けるぞ!」と何度誓ったことか(笑)
だけど今年も誓ってみたい。
「テニスのためにトレーニングにも力を入れる!」
年々なくなっていくスタミナにストップ!
運動してるのにたるんでいく下腹にカツ!!
お願い、誰か4月頃に「続けてますか?」と確認入れてもらえる~?(爆)