父の記録(5) | melonpanのきまぐれブログ

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メニエール病歴25年超。2022年1月増悪し入院。中耳加圧療法を経て仕事復帰、2025年8月再発し入院。10月復帰後、聴覚過敏に。

2014年3月_父が膀胱癌、
2021年10月_母が認知症と全身性ALアミロイドーシスで他界。
体調の記録と両親の事を振り返りながら日々を綴ります。

強引に転院させられた病院は一番初めに膀胱癌を告知した病院でした。


最初はナースステーションの前に居ましたが

ベッドが血で汚れようが放置される姿を見て

最期くらいは大好きな山が見えるホスピスに入れたらと思い3/11に父無しで母と面接に行きました。

ホスピスの方の話では『余命3ヶ月無い。もうすぐ部屋が開くけど間に合わないかも知れない』と言われました。


父のサインが居るので父の病院に戻ったら、父が居なくなっていました。

看護師さんに聞くと、『あー、部屋変わりました』と。

その部屋に連れていってもらうと8人部屋に12人押し込んでる部屋でした。

父にホスピスのサインをして欲しいと言うとホスピスに行く直前まで書けてた字が全く書けなくなっていました。


ダックスフントのぬいぐるみ🐶を渡してホスピスに面接に行ったので布団から🐶を笑いながら出してくれました。


2014.3.12

主治医から呼び出しがあり、父が看護師さんのお腹を蹴って暴れたので個室(物置)へ移動させるので家族で泊まり込みして下さいと言われました。

もう母は体力が残って居なかったので会社を休んで私が泊まり込みしましたが、私用のベッドが無くコマの無い担架で寝泊まりしました。


3/14

父が『今日死ぬ』と言いましたが生き抜いてくれました。

祖母の命日でした。



3/17

父他界。


母と一緒に最期を看取れました。

耳は最後まで聞こえると聞いてたので父の実家に帰るときに乗る電車内の曲や、父が好きだった歌をYouTubeで流して母と歌いました。

大好きな🐶と一緒に。

父の臨終前🐶は看護師さんからしたら邪魔だったようですが、父がいつも大事にしてたのを知ってたせいか🐶の位置を変えながら処置して下さいました。


結局ホスピスには間に合わなかったです。

ホスピスで咲いてた桜を父に見て欲しかったです。

今思えばこれは梅かも...タラー