先日までの帰省で、父の店を貸すために、
不動産屋と契約しました。

天ぷら割烹としてオープンして36年。

最初は、男性客メインのお店でした。

内装は白と黒が基調で、黒の瓦がアクセント。

領収書で食べていく社用族も多く、
若い人を5人使っていた時期もありました。


その後、バブルがはじけ社用族が激減し、
また次期店長にと育てていた板前が交通事故で亡くなったのを期に、
15年前、女性向けの明るい茶系の内装に。

以前は商談用に使う方のため、密室的だった座敷も、
女性がくつろげる明るい感じに変えました。


私も物心ついてから、18歳で家を出るまで、
店には毎日、顔を出していたし、
休み中は手伝いもしました。

秋から春は、サワラの味噌漬けの仕込みに追われ、
12月末には、お節準備で大忙し。


60人分のお節が店内にズラリと並ぶと、
それはもう見事でした。

保存料は使わず、ひとつひとつが父の味。

本当においしい、自慢のお節でした。

本当に、来年のお正月から、何を食べればいいのか……


店には父がいて、帰ってカウンターに座れば、
私の好きなものから出てくる。

それがずっと当たり前でした。


父が倒れ、店を閉めて3ヶ月。

シャッターを開けて店に入ると、
どうしても泣ける。


パパ、ごめんね。

孫を抱かせてあげられなかったこと、
助けてあげられなかったこと、
いろんな思いが渦巻いて、
とにかく「パパ、ごめんね」と泣ける。


父は、天ぷら割烹は、自分が好きで始めた商売だから
私たち子供は自分の好きな道を自分で見つけなさいと、
いつも言っていた父。


継いで欲しいとは 一度も言わなかった。



店の中や厨房は、毎日、父が磨き上げていたので、
ステンレスにくもりひとつない。

座敷も畳を変えたばかりで青々しているし、ら
エアコンも新しくしたばかり。


きっと父なら、店をやりたいという情熱はあるけど
まだ資金不足な若者の夢をかなえてやりたいと
言うんじゃないかな。


そういう人が借りてくれればいいなと願ってます。