先日は大雪でしたねー!!
きれい♡
夜になると
吹雪いて、裏の森が鳴いていました。
今夜から過去最大級の大寒波らしいですねー!
生きること
生かされていること
命の奇跡、神秘、必然、偶然。
生命エネルギーの源。
無限のわからない世界。
ゼロポイント♾️
この先のお話は私の10年前の体験談です。
今の時代にはたくさんの方が体感しているような話になっているかもしれません。
柔らかい表現をするようには気をつけていますが
病気に対する恐怖が強い方は
この先を読み進めるのはお気をつけくださいね。
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2007年
10年前の年末に夫が
くも膜下出血で自宅で倒れ救急搬送されました。
2世帯同居の2階部分が自宅。
1階には義両親、義妹が住んでいます。
夕方に頭が痛いと言って
寝室で寝ていた夫。
そこから2時間近くたっても
なかなか起きてこなくて
当時小1だった息子に
『夕飯出来たから、パパを起こしてきて~』
と、私は頼みました。
『パパ~』
と
ドア越しに呼びかけた息子は
すぐにケラケラ笑いながら私のもとへ走ってきて
『パパが、がーがーおっきいイビキかいて寝てるよー!あはははは!』
と、言ってきた。
私は『?』
と、すぐに、何かが変だ、、、
と感じ、
もうかなり時間がたっているのにイビキなんて
かくわけない!と血の気がひき
すぐに寝室に走りました。
そこには
高イビキと共に
凄まじい光景が広がっていました。。。。
『○○!○○!』
と
私は大きな声で呼びかけました。
高イビキしかかえってこない返事。
息子が
『ママー?』
と
部屋に来ようとしたので
『☆☆は、こっちに来ちゃダメ!!
リビングに居なさい!!』
と
制し、
恐怖で泣いている息子を背に
私は1階に駆け下りました。
1階では
義両親、義妹が夕飯の最中でした。
『○○が、大変です!
義父は、2階に来てください!
義妹は、救急車呼んでください!
義母は、☆☆を見ててください!』
と
指示を出しました。
2階で変わり果てた夫の姿を見た
義父は
『○○!○○!おきろ!しっかりしろ!』
と
彼にとっては“息子”を胸に抱きかかえ
ずーと声をかけていました。
消防署が3分程の場所にあったため
すぐに救急車が到着。
義父に救急車に乗ってもらい
夫をお願いしました。
義父から連絡がきてから病院に行くようにしていました。
義妹は夕方から外せない仕事がありそちらへ行きました。
義母に泣いている息子を抱っこしてもらい
私は
凄まじい光景の部屋を
ひたすらに無心で片付けていました。
その間に実家にも連絡をし
お正月に来る予定だった実両親も
こちらの家に到着しました。
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夫が運ばれてから4時間がたった頃
ようやく電話が繋がった義父の第一声は
『だめかもしれん。。。覚悟したほうがよい。』
でした。
のちにわかるのですが
夫は
自宅で1度目のくも膜下の破裂が起き
救急隊員が到着し
タンカーで救急車に運ばれている時に
玄関で2度目の破裂が起きました。
この時点で、夫の心臓はとまり
救急車の中で心肺蘇生処置をされながら病院へと運ばれました。
ひとまず、呼吸気道は確保されましたが
くも膜下出血の処置は出来ない状態だったため
そのまま朝まで待機となりました。
くも膜下出血にはレベルが1から5まであり
4と5の間に線がひいてあります。
夫の状態はレベル5でした。
手の施しようがないレベル。
病院に私と実両親と三人で到着し
そこで
医師から告げられたのは
『今夜がヤマです。』
との言葉でした。
2007年12月31日 深夜0時のことです。
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この日
私は感情がまったく動きませんでした。
義父からの電話の『だめかもしれん。。』
の声が
いつもポジティブで明るい義父からは想像も出来ない重い声だったことに驚いただけで
自分の感情を感じることはありませんでした。
私は
感情という名の自分が消えて
魂の自動操縦になっていました。
人は
いついかなるときも感覚はありますが
感情というものは
余裕があるときに発生するもので
自分らしいエゴの産物にすぎないと
この体験を通して学びました。
感情は幻。
無から産み出された有でした。
つづく。


