前回からの続きです。




タクシーで深夜、家に着いた私は
息子に添い寝をしてくれていた高齢の義母に
『厳しい状況ですが、大丈夫だと思います。』
と、伝えました。


義母は『そうね。。。大丈夫よね。。。』
と、肩の力を落としながらフラフラと1階の寝室へと戻ってゆきました。


寝ている息子を真ん中に
私と実母は横になり
眠れない夜を過ごしました。




私は
自分が聴いた
だいじょうぶ
の声は
いったいなんだったのだろう、、、
と感じながら



ほんとに
だいじょうぶなんだろうか、、、


いったいなんだったのだろう、、、


ほんとに
だいじょうぶなんだろうか、、、


何度何度も自分の中で自問自答を繰り返していました。





すると
明け方
突然
天井のライトの豆電球がつきました。




実母と、同時に
『あ。』
と、声が出ました。



その豆電球は2年ほど前から切れていましたが
普段使わないので交換せずそのままにしていたのです。



それが
『光のサイン』として
明確なメッセージを伝えてきてくれました。




私は
『ああ。。。おおいなる存在は本当にいるんだな。。。だいじょうぶは、本当かもしれない。。。』
と、感じ

夫が早朝の手術に入ったことを確信しました。


明け方5時のころのこと。



*******



2007年 12月 31日。

午前9時。



病院に行くと手術の最中でした。
無事に手術はおわり
夫の脳内の写真を見ながら
医師の説明を受けました。



状況、手術内容、今後の経過、
などを説明されました。



医師は

出血量がとても多くて、脳へのダメージが残る可能性が非常に高いです。

術後の経過も厳しい状況が引き続きおこることを覚悟してください。

いついかなるときも危険な状態にあります。

10日間無事に越えれれば、生存できます。
生存できますが、社会復帰は見込めません。。。

など、でした。



前日、実母はショックで倒れしまったため
説明は、私と義父と二人で聞きました。



医師の説明が終わるとようやく
夫と面会となりました。
午後1時頃でした。



夫はベッドでたくさんのチューブに繋がれていました。
前日と違いがあるとしたら
チューブが増えていることでした。


この時点では、まだ、脳へ血液を流すことは止められています。

完全に寝たきり植物人間状態です。




私は
その姿を
まっすぐ
見つめていました。




やはり感情は動かず
思考は完全停止
ただ
ただ
目の前の
夫の姿を
まっすぐ
見つめていました。

 



無の
空白のスペース。






その時






突然






自分の






ハートが






音を立てて開き




 




すべて






これで







よい







すべて







いまで







かんぜんなる







その感覚と共に










私のハートから
圧倒的な光のバイブレーションが広がり



その光のバイブレーションは無限に放たれ





それは
夫に
そこにいるすべての人に
そこにあるすべての物質に
機械に、病室に、病院に、外に、空に、空間に
全方向へ広がっていました。







なにもない


すべて


ここにある



すべてが


つねに


かんぺきにある





そのことこそが



私が幼い頃から1番知りたかったこと。



『真実とは何か』の
答えでした。



そして
これが
『無限なる宇宙の無条件の愛のバイブレーションである
ことと体感したのです。。。。




私は


夫に


ただ
生きてさえいてくれればいい。



明日も
ただ
このあたたかい手の熱に触れるだけでいい。




夫の命への感謝が膨大に溢れていました。。