京都の木づくりの名人の話というのを聞いたことがある。
その人は毎朝起きて、庭の木を一本一本ほめて回るのだという。
お前まっすぐによく伸ぴたなあ。
立派に枝を張ったなあ、とか。
木はそのほめる方向に育ってゆくのだという。
そんなことがあるものかという人を説得するつもりはないが、わたし自身はそのようなことはあるだろうと考えている。
だれにでもできることではないが、木とつき合って生きてきた人間ならそういうことはあるだろうなと。

上の文章は、社会学者の見田宗介さんが、だいぶ前に、朝日新聞に載せていた文章です。

どのように認めるかによって、木の育つ方向性が定まってくることを表していて、これは人を育てるのにも通じると思います。

子どもたちの動き(遊び・いたずら・癖等)の裡に、何を観て?どのように認めるのか?そのヒントが隠されています。