なぜ、服に罪悪感がくっつくのか。考える | ま、いっか。

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イラストでつぶやいてみる。アラフォーなワタシの、気になるヒト、モノ、アレコレ。

なんででしょうね〜?

長きに渡るワタシの「テーマ」なんですが、
最近になってその心理を掘り下げたくなってきました
長〜い独り言です。


なぜ、服が欲しいのか。


単に「オサレが好きだから」。
…なんですが、

そこにはなぜか
「罪悪感」が 
いつもこびり付いているんですよ。

だから「買いました」じゃなくて
「買っちゃいました(テヘペロ)」という
自虐的な語尾を付けたくなるんですよいつもね。

デッサン教室にお金を使うことには全く罪悪感がないのに、
むしろ形として残るはずの服にお金を使うことは
満足感に混じって罪悪感がある。
なぜだろう。

この「罪悪感」をくっつけたままでは
どうにも不健全で寝覚めが悪いんです。
もっと、買うなら気持ち良く。
買わなくていいと思えるならそれでいい。
この「罪悪感」の正体を知りたいんです。

旦那さんに「服が多い」って言われます。
冗談で「全部捨ててやる〜!」て言われて「そんなにジャマかよ…ジャマなのかよ( ̄◇ ̄;)」って自分を否定されたようでちょっと傷ついたり。
「あんなにあるのにまた買うの⁉︎」ってセリフに
「ごもっともなご指摘です」とグゥの音も出なかったり。だからアレコレ言われるのヤだからコッソリ買って「前からアルよ?」とシレッとしてみたり。

 このへんにヒントがあるのかもしれない。自分も「そう、(中には)無駄な服もある」と内心強い罪悪感が湧き出ているから。

いっぽう旦那さんは、大好きなスポーツカーを手に入れ、カー用品も惜しみなく、ワタシの眼の前でバンバン買うのだ。何故なら「神」だから(ココではお手本、またはワタシにとって訳わかんない存在という意味)。

ワタシは「だったらワタシも遠慮なく服買っていいんじゃね?」と思うのだ。「そんなアンタに文句は言わせねーよぉ〜?!」と内心、思うのだ。

「あの服が欲しい」「靴が欲しい」と言った時のセリフはいつも一緒だ。

「買えばいいじゃん。欲しいなら」

そう、買えばいい。本当に欲しいなら遠慮なく。



★そもそも自分はなぜ服が、カバンが、靴が欲しいのか。

うーん、、服が、カバンが、靴が好きだから。

★ではなぜ好きなのか。

・買う瞬間が楽しいから。
・自分のものにしたこと、これから着ていく事を考えるとワクワクするから。
・気に入った服を着るとなんか気持ちいいから。
・自信が持てるから。
・「オシャレだね」って言われると、嬉しいから。
・上質な素材や、丁寧なつくりに見た目や肌触りで癒されるから。


★ではなぜ、次々に欲しくなるのか。

・季節ごとに新しいものが出てくると、
その度に「わぁ〜♪」ってトキメクから。
・常にオークションなどで掘り出し物を見つけて「お得感」で満足感を得たいから。
・今着てる服に飽きてくるから。
・ヘンシン願望から、新しい服・知らないブランドを着てみて常に何かを発見したいから。

★同じ服でも、どうして下着じゃなくて「外に見える服」のほうが優先して欲しいのか。

・だって、下に着てるものは自分しか見えないし…
(あれ、身につけて肌触りがいいのも追求したいなら、まず下着にこだわったほうがいいんじゃない?)
…そうだよなぁ。やっぱり「他人に向かって何かを見せたい」のかな?

★なぜ、他人に「見せたい」のか。
・「オサレな人」と思われたいから?

★なぜ、「オサレな人」と思われたいのか。
え?
なんでだ?なんでだろ。
好きな分野で尊敬されたいのかな?
そうかも。でもなんかそれだけじゃなくて
「ただただ楽しい」のもあるから
一概に「尊敬されたい」訳じゃない気がする。
だいいち、人の好みは色々だから「尊敬されたい」と思ってても「うわぁ…ダサァ」と思う人だって沢山いる訳で。

多分「他人からの見た目がどうこう」ではなくて「自分が気持ちいいのがいい」、そしてそれは「感触」の下着じゃなくて、「視覚」で楽しみたい(今は)。
だから上着を優先して選んでいるのかもしれない。


★自分は、服を買ってどうなりたいのか。

うーん…。どうなりたいんだろ(笑)
自分でぶつけてみて、即答できない

…そうだ、なんか「シアワセになりたい」!


★では、シアワセになるためにはどんな服を買うのがよいか。どんな精神で買い物に臨むのか?

・本当に心が動かされる服を買う。
「コレを着たらシアワセだ!」と
確信するもの。これなら堂々と買って、罪悪感もないかな。

・逆に心が動かされない「あったら便利」
「あったら困らない」「安いから」は、基本買わない。
ここは、ガマンする。

だいたい、どちらかに分かれるんですよね。
手に取った時、着た時、「金ゾーン」か「グレーゾーン」のどちらかなんですよね。

「ふわぁぁぁ!いい!欲しい!!」(金)
「うん、いいね。うんうん、いいなぁ、欲しいなぁ」(グレー)
なんですよ。

「コレは、ないわぁ…」(黒)はめったにない。だって好きなタイプのお店を見てるから。
だからつい、グレーゾーンも買ってしまうのかもしれない。
「グレーは買わない。」と決めます。



★書いてるうちになんかわかってきたこと

・「本当に心から欲しいもの」だったら値段がいくらだろうと罪悪感はない、と思う。
旦那さんの「買えばいいじゃん」はそれを言っていたんだろう。多分。

・罪悪感があるのは「心から欲しいと思っていない」ものにこびり付いているんだ、ということ。
だから、デッサン教室へ行くことに対して罪悪感が全くないのは「心からやりたい事」だからなんだろう。きっと。

・総じて「服を買う=罪悪感がある」と思っていた。

・最近の書籍も「10着しか持たない」「服を捨てなさい」「少なく贅沢に」みたいなテーマが多い。
これを極端にとらえ違えて
「とにかく服を買うこと、多いこと=罪」
とイメージしていたかもしれない。




買うことはいいよね。だって絵と同じくらい好きなんだもん


「心から欲しいと思う服を買う」

「自分がシアワセになれる!と確信した服に対してお金を出す」


うん、これでいこう。とりあえずやってみよう。
「本当に欲しい」 の感覚が鈍っているから
今から鍛えてみます。


最後までワタシの独り言にお付き合い
どうも、ありがとう。