寒々しいサムズアップ

テーマ:

 辞書で寒々しいと調べると「非常に寒そうな感じである」と出てくるが、今回の寒々しいはそうではなく、芸人がよく使う「寒っ」という意味の「寒々しい」である。
 その日は休日出勤だった。小さな会社なので、オフィスにいるのはあたしひとりだった。普段はプログラマーなのだが、今日の出勤理由は電話番だった。いつもはシフト制で誰かしら電話番がいるのだが、その日はたまたまスケジュールが合わず、あたしが代わりに番をすることになったのだった。ついでにと任された仕事もあって、プロジェクターに資料や動画を映すだけのために使われているPCのチェックだった。あたしはPCのチェックを始めようと、台の下にあるPCの電源ボタンを押した。……なんの反応もない。PCを引っ張り出してみると、金属のPCケースの蓋が激しい音を立てて床に転がった。「あいつがやったに違いない」そう確信した。PCに詳しい後輩が、数日前「HDDからSSDに換装したほうが速い」といっていたのを聞いていたからだ。それにあいつが仕事を放置して休んでしまうのは今回が初めてではなかったからだ。これをつけ替えなければあたしの仕事は終わらない。幸いなのか不幸なのかわからないが、パソコンを1台組むくらいの知識はあった。仕方ないから組み始めると、SSD用のケーブルが足りない。電話が鳴る。電源用のケーブルも足りない。電話が鳴る。あたしは倉庫にあるPCパーツがごちゃごちゃに入っているケースをあさる。電話が鳴る。そういうことを繰り返しながら、やっとこさ作業を終えた。
 翌日、普通に出勤すると、あいつは時間ギリギリに出勤してきた。おもむろに例のPCに向かうと「あれ!ハヤミさん俺の続きやってくれたんすか!?ハヤミさんだけに仕事が早いっすね!」と、さわやかな笑顔でサムズアップしながらいった。うわっ、寒っ。それに、あたしは速水だ。早見ではない。「そんな寒々しいことをいっているからおまえには彼女ができないんだ」と言ってやりたいと思っていたら「みなさんに報告があります。この度、結婚することになりました!」その発言に社員一同がどよめいた。寒い。心が寒い。あたしは会社唯一の独身になってしまった。人の仕草を、寒々しいサムズアップ、などとバカにしている場合ではなかった。仕事が終わったら、マッチングアプリに登録しよう。それだけには頼りたくなかったが、もう仕方ない。あいつから、寒々しくないサムズアップがもらえるように。暑苦しいくらいの、サムズアップがもらえるように。