福山雅治コンサート。今年初日にあたる1月7日に行ってきました。
熱狂敵なファンである友達の尽力。
三浦春馬ファンの私は、今回正直複雑であったけれど、感想は今までで1番感動しました。
声援は許されず、拍手と私は買って居ませんでしたが、腕輪の光のみ。
静寂と光。ただただ、福山さんの歌声と演奏の音がこころに響きます。
コロナ禍と言うこともあり、命ということに重点を置かれたコンサート。
53歳になる福山さんのお父様が53歳で亡くなられたことに追悼の意味があるのでしょうが、このご時世、年齢的にいろいろ思いいれて、コンサートに酔いしれながら、泣きそうな私でした。
昨日は、何回も観て、録画にもあるコンフェンデスマンの春馬くんと結子さんを観て、笑いながらも泣いたし。
松田聖子と私は同学年で、沙也加ちゃんが生まれた時から見守り続け、何回か舞台も観て、声がもう、若い頃のくったくのない聖子ちゃんで、なのに努力を重ねているのが私にもわかり、大好きでした。
コロナ禍の中で、なんで?というくらい、きらびやかな命を失い、福山さんは、ご自分のお父様のことを語っておられましたが、私にはわかるんです。
長く生きてきたからこそ、いろいろな命を感じ、辛いけれど、命がある限り生きなくてはならないって。
ハンサムで才能に恵まれた福山さん。
だけど、長崎から出てきて、苦労がなかったはずはない。
昨日、コンフェンデスマンの映画を何回も観た上に、録画にもとっているのに、観ました。
やっぱりジェッシー素敵すぎる。
久々に福山さんコンサートで会った高校時代の友人たち。
みんな幸せな高校生で、お嬢様学校にいきなりできた進学クラス、成績はふるわなかったけれど、楽しくて、不幸な未来など考えもしなかった。
なのに、みんないろいろあって、涙してるのは、60年の人生を生きてきたからこそでしょう。
春馬くんや沙也加ちゃん、まだ自分で選んだ道とは信じられません。
でも、純粋なればこそ、選んだ道なのかもと思いもします。
竹内結子さんは、子供もいるのにと信じられませんでしたが、コンサートには行かなかった別の友達がわかるわーと言っていたので、絶対的な何かがあったのかもしれません。
ああ、それにしても、フツーのおばちゃんが60歳まで生きたら、これだけ感受性豊かになるのに、なんで春馬くんや沙也加ちゃんがって悲しくなります。
彼らは天才で、感受性がとても60歳まで耐えられなかったのかしら。

