橋下元知事の方針の元、社団法人化された元大阪市音。










現状の収入面はどうなんでしょう。
どれが正確な情報から判らずであり、公職時代より下がったまま現在に至るのであれば大問題。


安定を壊すのは簡単。
しかし現状が公務時代の収入レベルに至っていないのであれば府が尽力を尽くすのは義務であるはずだ。

今現在、府はどれほどのサポートをしているのだろう。

助成金はあるだろうが、収入に比例した予算振り分けが保証されているのだろうか?

それが無いようであれば許されることではない。社会とは人を守るのが役割なのだから。






音楽が大好きで他の道も探れた実力がある中で、多くの理由から大阪市音を選んだ方達。

彼らが不遇になってしまうことだけは許されない。
責任や楽団への愛だけで乗り越えてきた奏者も必ずいるはずだ。

もし不遇な状況であれば堂々と伝えて欲しい。
第三者に何かを変えられたと言うことは、元の姿に戻る道筋も0では無いのだから。







現状が不遇な状況になけれは問題なし。
それだけを願っている。しかし現実が判らない。

寄付しなければ厳しいレベルなのかどうかも。











素晴らしい楽団。
歴史云々じゃなく、素晴らしい音楽家が揃った楽団。

充実した中で活動出来ることを切に願っています。










Shionの来年のコンサートのチケットを買いました。
本当に楽しみ。その楽しみがあるだけで生きている喜びを感じられる。

もしshionが無かったらこの楽しみは存在しなかった。

Shionの存在、不遇を乗り越えて来た今の彼らに感謝あるのみ。












政治の事情である以上、民営化の問題は従事する者に限っての問題じゃない。地域に関わらず。

音楽に全く関ることなく生きている日本人は存在しない。
音楽は生活の一部。

無意識ながらも、どこかで必ず音楽に幸せを与えてもらって生きている。
 
大阪市音はそれをレベルを保ってきた大きな要素の一つだったはずで、これからもそうであるべき。






相応の収入が保証されていた中で大阪市音を選択した人達は相応の安定が保証され続けるべきであり、国民はもっと目を向け続けなければならない。

Shionの楽団員が幸せであり続けることで人々に幸せを与えられる。







一般の者は現状をネットの情報で知るくらいしか出来ない。

もし数年経った現状に問題があるようならばメディアに追及してもらいたいものだ。


 
 



元々確定していた夢や希望が第三者の力だけで大きく左右されてはならない。

それは日本人が想定する全ての安定に疑問を抱かざるを得ないこととなり、そう言った安定への信頼を失うことは今後の若者のモチベーションにも大きく影響すること。

より安定だけを求めるつまらない国民性となってしまう。

その先には必然的に零細企業の危機を早める弊害も付きまとう。
技術の消失。国の衰退。








将来が見えないからshionは辞めておこう。
そう考える若者がいたとすれば間違いなく一つの衰退なのだ。取り返しの付かない衰退となるのだ。

一度失われた者は取り返せない。

だからこそ失わせることだけは避けねばならない。








重要文化材や天然記念物は存在するのに、何故に歴史ある楽団が除外されなければ行けなかったのか…。

当時国民の署名が多く集まれば避けられたかも知れない。






でも何もかも遅くはない。
もしshionの現状に不遇があるとすれば国民の力次第で必ず変えられるはずだから。




政治は政治家だけが動かすものじゃない。
ほぼ世論が政治家を動かしているに過ぎない。

政治家が謝った判断のまま進んだとすれば、無関心であった国民にも責任があると言うこと。






もしあからさまに政で不遇に至った団体組織があったとすれば、救うときには必ず救う。
これは国民の使命。


元大阪市音は血汗滲む努力の先に入れた楽団だ。
努力が裏切られる結果など正しい筈がない。
 

音楽だろうとスポーツだろうと、他何の仕事にしても。
努力の量に比例した厚遇を保つのも社会の役目である。

その信用が国民の進捗意識となり国を支えていくのだから。








大阪府の誇りではなく国の誇り。
Shion。将来誰もがそう思う楽団になっていれば最高ですね。

楽団も、一つの楽団を愛した日本社会も。






日本人はその未来に辿り着けるような国民であって欲しいのです。

お金だけが全てじゃない。それは家族も国も一緒。
だからshionは生きている。幸せを与えている。




揺るがぬ見返りを与えられるに十分な方達なはず。
今や、彼らが世に届けているのは音楽だけではない。