最近わりと充実してるかも























オーストラリア用の殺陣とダンスが始動したし、そのうちソーランも始まるでしょ





充実というか時間を上手く殺してる





勉学はからっきし





宿題だけで手一杯





あとは塾、そして食事とか睡眠







































虚しいなんて思ってない





強いていうならちょっと寂しいってくらい





想像以上に嫌われていたりとか





友達が多いつもりが、実はそうでもなかったりとか





たかがそれだけでこの世の終わりみたいな顔はできないじゃあないですか





嫌われることを厭わないひとの神経と私のとを今すぐ取っ替えたい





もうやだやだやだやだ





つらい





いつもこんなんばっかだな私





いやでも嘆くより他ないのよ





だから












































まああとは適当に泣いて寝ればいいんですよね





おやすみなさい!











ループ






























ひさしうてわろし





わろし













































私のノートは愛のことでいっぱいなの。女だから。女ってくだんないよね。





性別でひとを判断することはないけども自分はまた別だよね。





自分が自分を見るときには、主観的にどうこうというよりかは「更なる客観視(客観よりもより客観的な第三者からの目線)」を基に主観を作るのだから、つまりひとは環境に育つんだよね。





環境が私を育てるわ。私は無意識のうちに育つ。ね。





私は私で、私のもので、あらゆるひとに干渉されない権利をもつ個体だけれども、「私」というもののなかに既に環境が含まれているのだから不可思議パラドックス。





あなたが私を形成する。





私の一部が確実に誰かの一部でもあること。気持ち悪いこと甚だし。





自我なんて本当はない。私の素ができた瞬間から私の大半は父と母で出来ていて、誕生した瞬間から、外気に触れ、他人に触れ、嫌悪やら愛やら社会的教訓やら人間的本能やらに触れ、そして学校という社会の縮図と呼ばれる恐ろしい箱に投入されて、そこで私は学問に洗脳される。





自我の生まれる隙など無い。それほどまでに絶え間無く、私は環境に私というものを刷り込まれている。





不確かな存在。切り刻めばいつの間にかふと消えてしまうようなもの。私は私を解き明かせないし、それは人類が人類を解き明かせないのと似ているけれども少し違う。私というものはただの概念でしかない。だから無理に解かなくっていい。

























遠くの方に、あなたという存在がある。





これは絶対的なものであり概念ではない。





どこからどこまでをあなたと呼ぶのかは定義されてないけれど、だいたいあの辺があなた、っていうのはわかる。少なくとも私が私を見るのよりかは鮮明に見える。





大切なのは客観であり、主観ではない。





だからと言って主観が不要なわけではもちろんないけれど。





少なくとも、私にはそう。





「更なる客観視」の眼を極めたいな。






























眠いです。







※ネガティブ
※現実逃避の一貫







































ポエムを馬鹿にするひとキライ!

























詩とか、小説とか絵とかって、(主に一次創作のばやい、)学生が最もやりがちな自己表現方法でしょ。





それを、「下手くそだ」とか「ダサい」とか「厨二病だ」とか言って馬鹿にするやつね。





あ、厨二病は違うわ。





厨二病だってのは、自分が発表した何かしらがダサいとか思われるのを恐れて、「これwwwwww厨二wwwwww」って自ら言うことによってひとに馬鹿にされるの防ぐために使うんであったわ。





私だわ。





あと、よくある、「○○を一番厨二っぽく言った奴優勝」とかいうやつもそれだわ。





ごめんなさい!


















にしても、馬鹿にするのはよくない。よくないです。





ポエムじゃなくても。





なんか最近よくいる、誰に対してもやたら「可愛い」って連呼するひと。わろし。





ひとを馬鹿にするなよ。あなたが可愛いのはわかったから。





あとお世辞が下手なひと大嫌い。





あと、「昔は○○だって思ってたけど、最近はいいよねー」みたいに、昔の印象をマイナスにして反動でひとを褒めるやり口は嫌い。「アッ昔はそう思ってたんやね…」ってなっちゃうでしょーが。わざわざお世辞言う意味なくなっちゃうでしょーが。





無理して褒めなくていい。けなさなくてもいい。短所を言い合える仲が最高だとはちっとも思わないです。本当に好きなら黙ってその人のすべてを受け入れるでしょう。「ここを直して」とかもってのほか。





口が汚いのは別に気にならないです。自分が言うのは気になるけど人の口調はなんだっていい。















あと、真面目すぎて柔軟性に欠けるひとは嫌い。





ふざけすぎるひとも嫌い。





勉強ができなすぎるひとは好きになれない。





できすぎてもちょっと嫌(劣等感的な意味で)。

























誰かを嫌って言うひとは嫌いじゃないし、愚痴や悪口を聞くのも構わない。むしろ愚痴が嫌いなひとが嫌い。いやだ。一緒にいて疲れる。





























ネガティブだなあ





ひとの嫌なとこばっかり探して、嫌なやつだ





自分のことは棚にあげるつもりが、やっぱり無理、無理です





勉強できない自分
部活を辞めてしまった自分
踊れない
歌も歌えない
字も汚い
絵も描けない
ルックスも良くない
努力性のない自分





誰かを嫌いになる余裕はあるのに自分をどうにかするつもりは全くないのかい





全知全能でないのにひとを嫌いになる資格があるのかい


















いや、ない。ないし。




















いいかげん、現実見ないとな。





















あああああ。





だってね、なんか嫌われているのが伝わってくるんだもの!!





すごく。





私は嫌いじゃないのに。





めっちゃ切ない。
から、こんな記事書いちゃった。
うつ。





仲良くしたいよー。





いろんなひとと仲良くしたいと願うのは罪なんですか?





私の学校では、このスタンスだと生きづらい。





オーストラリアの班ってどうなるんでしょう。





うわぁああ



















テスト前に何やってるんだろ





ばいばい!