中学生みたいな思考回路晒します(促不快)。先程、永久的に眠りつづけるその途中で、とうとう親に勉強しろと遠回しに言われてしまいました。オーストラリア研修旅行とダンスの発表会と過眠症を言い訳に泥のように倒れていたわたくしです。年賀状にも手をつけていない。億劫だし友達少ないからすぐ終わるだろうと開き直って、ね。友達が少ない話はあとでまたするとして。勉強時間と量が必要、はい。けれどどうしてわざわざ言うの?もう見ていられないほど酷い(私の有様が)?私がどうなるのかは自分で決めるしそのための努力も自分で決めるし(結果はまったく出ていないけど)、最終的に結果出なかったら死ぬのは私(だけ)だし、とか言ってみたりなんかして。HAHAHA!恥かかせるなってことですよね、それと私の未来を案じてくださっていると。わかってますわかってますとてもよくわかってますよーわからないで16年生きてこれませんよー。小学生みたいなことを言って自分を馬鹿にして罵りたかっただけですわかるでしょうねえお母様愛してる。けど、私は時々、信じられないほど不幸せです。お玉杓子に還りたくなるほど。身体中が痛む。こころを可視化したら間違いなく早鐘を打ってる(ドンドンドン)。ああ帰りたい。土に。泥に。自分で自分を突き刺すようです。
私は誰も助けないけれど、私の好きなひとを助けなかった人々のことは憎いと思う。都合の良い感情、でもこれが人の常だと、性だと、ね。思います。思うだけ。なぜなら本当は好きでないからね。だって私のことを好きでないひとをどうやって好けと言うんですか。って思ってる時点で。理解しています納得とはべつの座標で。嫌いだと思う。集団は狂気だと。私は傍観者にはなれないからそれに身を投じるけれど泣きながらだから上手に自分を哀れむことができて素敵。拒絶反応でからだがボロッボロになるのを楽しむだけ楽しんであとは同情と慈悲を。それでいて不快感には人一倍敏感で愚か。それでいいなんて思ったことはないし思われたこともない(はずなのにどうして)。劇薬だとわかっていながら忠義に似たなにかのために笑いながら大量のそれを飲み干す彼の愛を、嗚呼ほんの少しでも理解できたらなあ!それはとても素敵。素敵というか、快感だろうと思います。集団は儀式を得て宗教に化す。信じるかと問われれば信じないと答えざるを得ない立場。そして無神論も間違いなく宗教であるわけで、その点で私は孤独を自演している。
「浮いている」という自覚があるからいけない。自覚しなければそんなものは生まれないのに思考は一度暴走してしまえば売店で質の良い記憶喪失を購入し完璧に用いることをしなければ、忘れることもできない。ここがどこで、自分が誰であるかなんてことは本来気にするに値しないことなのかもしれない。ひとは誰もそのような無駄を排除するべきなのかも。だとしてもいまさら遅い。私は自覚という名の被害妄想にこころごと取り込まれているし私のからだは逆にそれを取り込んでいる(一体化)。薄暗い性格のせいでひとに気を遣わせる、ようなので空気を読んで(いるふりをして逃げて)イベントごとからはさようならする(しかない)。知人たちは賢いので上手く私を省く。私は集団の中の一信者であって、その他個人との関わりは情報(データ)の共有以外で持ち得ない。ので、情報を必要としない団体には居づらいし、また、私の不得意な情報を扱う団体にはそもそも近づけない。近づくけれどね。相手に不快を与えると同時に私にも不快を齎す行為なのだから素晴らしいものです。トトトトレビアーン。罪と罰、薔薇に聖水ですよ。誰に友愛を感じていいのやら。わからない。示してくれれば応えるのに。どちらにふれても上手く応える自信ならば(ある)。言葉を求められたら大きな嘴と良く回る舌で応えましょう。愛を求められたら精神も肉体も捧げましょう。財布にだってなれる、けれど求められたことのない私にはその重要性や事の重大さというものがさっぱり理解できない。よって、無効。
ああ今日も無意味でした。
素晴らしき休息!
瞼ばかり腫れゆく。
外は雨が降っております。
仕方がないので不快感に持久戦でも仕掛けてきます。
念のため床は掃除しておきました。
独特の言語論と哲学面した倫理感さえあれば、きっと勝てる気がするのです。
サリュー。
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