中山美穂さんの訃報から10日あまりが過ぎた今も、悲しさや寂しさを感じている人が少なくないだろう。
民放各局が追悼コーナーを放送しているものの、その大半は歌手としての映像が占めている。しかし、中山さんと言えば80年代から90年代にかけて最も演技と歌の仕事を両立させた女性芸能人だった。
歌手としては各局の音楽番組に出ていた一方、女優としては当時ドラマシーンのトップを走るフジテレビとTBSが競い合うようにオファーを連発。なかでも98年秋に放送された『眠れる森』(フジ ※FODで配信中)は彼女の代表作であり、類いまれなるヒロインぶりを見せたベスト作品にすら見える。
追悼の意味に加えて、クリスマスに近いこの時期の“一気見”に適した作品だけに、このタイミングですすめておきたい。
■中山美穂、唯一の長編ミステリー
中山さんはデビュー当時から主にTBSで『毎度おさわがせします』『夏・体験物語』から『ママはアイドル!』『若奥さまは腕まくり!』などに至る軽いタッチのラブコメ、フジでは『君の瞳に恋してる!』『すてきな片想い』『逢いたい時にあなたはいない…』などの王道ラブストーリーに出演。90年代中盤に入ると、シングルマザー役の『For You』、シェフ志望女性役の『おいしい関係』に挑んだあと、『眠れる森』にたどり着いた。
中山さんの主演ドラマで『眠れる森』のような長編ミステリーは唯一と言っていいだろう。その長く重い物語は、15年前のクリスマスイブに起きた「市議会議員一家惨殺事件」の映像からスタート。唯一の生存者となった大庭実那子(中山美穂)は当時の記憶を失いながらも、恋人・濱崎輝一郎(仲村トオル)との結婚を控えて幸せな日々を送っていた。
ある日、実那子は事件直後にもらった手紙の束を見つけ、そこに書かれた「15年目の今日、眠れる森で会いましょう」というメッセージをもとに故郷の森を訪れ、謎の男性・伊藤直季(木村拓哉)と出会う。しかし、実那子の過去を知る直季は婚約者との別れを迫るなど悪態をついた上にストーカーのようにつけまわし、その一方で事件の真相を探っていた……。
姉の元恋人で犯人として逮捕された国府吉春(陣内孝則)、直季と事件を追う幼なじみの中嶋敬太(ユースケ・サンタマリア)、直季が期間限定で交際した恋人・佐久間由理(本上まなみ)、森に住む直季の父・伊藤直巳(夏八木勲)ら周囲の人物も謎多きミステリーを盛り上げた。
当時シーンのトップを走っていた脚本家・野沢尚さんによる物語は、全12話アッと言う間に見終えてしまいそうなほどの没入感がある。断片的に記憶が蘇るヒロイン・実那子の周囲に直季も含め影のある男たちを配置し、さまざまな角度から彼女を追い詰めていくことで視聴者の感情移入を加速。中山さんが演じる効果もあって、実那子は暗い過去や厳しい現実に翻ろうされ続ける“悲劇のヒロイン”として圧倒的な存在感を放った。
タイトルバックと主題歌の粋な伏線
さらにその世界観を作った中江功、澤田鎌作の演出も特筆すべきポイントの1つ。終始、実那子が男たちに襲われそうな不穏さを漂わせつつ、時に森やライティングなどのノスタルジックかつファンタジックなシーンを挟むなど、嫌悪感を抱かせないバランスの良さと映像美が光った。
クリスマスイブのクライマックス、アッと言わせたタイトルバックの伏線などを含め、名作がそろう90年代ドラマの中でも90年代演出が冴え渡った作品の1つと言っていいのではないか。昨今の作品が批判を恐れるようにハッピーエンドに偏りがちな中、謎と余韻を残し「どういう解釈をすればいいのか」と思わせるラストシーンも含め、一気見にふさわしい見応えがある。
2010年代あたりから低視聴率を避けるため、ミステリーは見続けてもらうリスクの高い長編が激減し、短編ばかりになってしまった。しかし、長編ミステリーの「1話完結型では得られない特大のカタルシスがある」という魅力は大きく、一気見することで「3か月かけて追う物語を1日で見られる」という贅沢さもある。また、17年の『リバース』(TBS)、20年の『テセウスの船』(TBS)を見ても、長編ミステリーと寒い時期が合うことも確かだ。
運命に翻ろうされる可憐なヒロインを演じた中山さんの相手役を担ったのは木村拓哉。男女それぞれのフジ月9最多主演記録を持つ2人であり、「最高峰の組み合わせが実現した」という意味でも希少価値が高い。木村は「何を演じてもキムタク」などと言われがちだが、当作では悪態をつきながらも愛情と使命感から優しさがにじみ出る男を好演。中山さんを立てるように一歩引いた立ち位置からくすんだ輝きを放つことで、他作とは一線を画す魅力を感じさせた。
最後にもう一つ触れておきたいのが、竹内まりやの主題歌「カムフラージュ」の歌詞。「遥か昔何処かで出会ってた そんな記憶何度も甦る」「瞳と瞳が合って指が触れ合うその時 すべての謎は解けるのよ」など、ここまで物語とリンクした歌詞は記憶にない。その主題歌における伏線と回収の爽快感を味わうためにも、年末年始に一気見してみてはいかがだろうか。
日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。
■ 木村隆志
きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。