連日の気温上昇で、かなり過ごしにくい毎日を

過ごしておりますが、街並は日一日と瓦礫の山が

減っていき、何も進んでいないようにみえて

少しづつだけど、復興に向かっているのだなぁと

ぼんやり思います。

瓦礫片付けるのも大事ですが、未だにライフラインが

復旧せず、大変な暮らしを強いられてる方々がまだまだ

います。取り残される事の無いよう一日も早い復旧を

切に願います。ライフラインの途絶えた生活をした身だから

こそ、その大変さが自分のことのように胸がいたみます。

さて、震災後なぜか体調不良に悩まされ、コレッテ震災ウツ?

なのかしらと あまり考え込まないようにしていたのですが、

リンパ線が腫れ、外出後は皮膚に赤い模様が発生し

肌荒れなどしたこと無いのが自慢(?)の私が顔ボロボロに

荒れる荒れる。

「最近、こんな状態で年齢のせいかなぁ?」と仲良しさんに

話をふったら、

「あ~それ大気汚染、地震でヤバイらしいよ、アスベストとか」

な・・・・なんですと~
(((( ;°Д°))))

そんな情報、現地にはひとつも知らされて無いんですけど!

さらに追い討ちをかけるように

「ほら、ボランティアの人にも現地に行く時は
 
 どんなに暑くても長袖 でって注意が・・・」

「へぇ・・・」

そんなことになってたとは、だから薬害で皮膚に模様できたり

体調不調になってるわけだ。どうやら今年の夏は厳しい季節になりそう。

地震、津波で一瞬に全て奪われた他に、その後もいろんな弊害が起きて

その中で、復興の為に残された人々は生きていかなければならないのか・・・

どこまでも自然は非情なものなのですね。

ただ、大気の汚染は人間の傲慢の報いなのかも知れませんが。

放射能もそうですが、大気汚染は目に見えないで気がつくと

蝕んでいく、そんな危険な状況に今日本はさらされているのです。

米国は日本政府に、原発の処置をすみやかにしない場合には日本にいる

米国人をすべて引き上げると通告したとか、この言葉の意味するところが

今日本でおきている、原発の現状のすべてなのでしょう。

ごまかさず、体裁など投げ捨てて、文字通り必死に対処して欲しいものです。

この震災で、私は小学3年からの一番仲の良かった友人を亡くしました。

彼女は長年あきらめきれずにいたひとつの道をあきらめて、新しい人生に踏み

出したばかりの出来事でした。

最後に交わした言葉は、

「いきなり小学生のおかあさんになるの。私がおかあさんだよ。」

ってとても嬉しそうにしてた話してたこと。

私の悩みも否定することなく、

「大丈夫、まだまだキレイに笑えてるんだからきっとうまくいくよ。」

って、励ましてくれたこと。

激しい喧嘩も数え切れないくらいしたけど、いつも人のすることを否定

したりしない前向きで頑張りやで、一途で明るい人でした。

だから、お別れは言えなくて、胸の中で「またね」って

私もいつかそっちに行くから、そしたらまた話そうねって言いました。

街で最近よく見かける光景が

「久しぶり、元気だった?」って言葉じゃなく

「あ~生きてたんだ良かった良かった。」って声の掛け合い

挨拶がそんな言葉なんて、明らかに異様な光景ですよね。

でもそれがまぎれもない現実で、

「生きていて良かった」と言葉を交わせる人は、とても幸せなんだ

ってわかってる?って つい胸の中でつぶやいてしまいます。

今はもういない、大切な友人の事を思い出し胸が痛む瞬間です。


みんなが毎日、なんとか先に進もうとして頑張ってるのを見ると

自分だけが、取り残されているような気持ちになって焦るけど

私には私のタイミングとかスピードってあるんだろうから

無理せずに、少しづつ目の前の問題と向き合っていくことが

今出来る事、出来ることをこなしてくそれが少しづつでも

前に進んでいることと信じて過ごすこの頃です。


kちゃんの苦しみが永遠に終わって、安らかな眠りが彼女を

包んでいますように。哀悼の意を表します。