薬や検査について。
まず、僕の薬について。
*番号は古い順です。
入院時 1 点滴 薬名は分かりませんが点滴 1日2回(2~4時間程度)
多分肺炎の治療や抗生物質入りやったと思う。
(CD4:46、ウィルス量 ?)
2 バクタ 1日3回3錠づつ 3週間の予定(10日程で肝臓数値が悪化の為中止)
プレドニゾロン 徐々に量を減らして最後は飲まなくていい様になった
3 ペンタミジン 点滴 1日1回(2時間程度) 朝・夕食後
(肺炎治療にバクタが合わない為ペンタミジンに変更
4日程で腎臓の値が悪化の為中止)
ジスロマック 週1回6錠づつ (多分他の感染症の予防薬)
肺炎治療の3週間は終了の為、
また、レントゲン&CTに問題なくなったので、肺炎治療としての投薬は終了。
4 ジスロマック 週1回6錠
バクタ 1日1回1錠
(ニューモシスチス肺炎の予防、飲んで2時間後高熱&吐いて即日中止)
5 ジスロマック 週1回6錠
レクチゾール 1日1回1錠
(ニューモシスチス肺炎の予防、高熱の原因の疑いの為1週間程で中止)
(CD4:55、ウィルス量 ?)
入院中は38.5度以上熱が出るとロキソニンを飲んだ。
退院後 6 メプロン(液状) 1日2回1袋づつ
ロキソニン 1日3回1錠づつ
ムコスタ 1日1回1錠づつ 胃薬(ロキソニンだと胃があれるらしく)
ジスロマック 週1回6錠づつ
高熱になる原因が薬なのかを調べる為にロキソニンを中止するが中止しても高熱は続き、
ジスロマックを中止する事になった。
結局高熱の原因は解らず、HIVから来るものかと思われ、
ついに第1回目のHARRT開始至る。
7 ロキソニン 1日3回1錠づつ (高熱が続く為再開)
ムコスタ 1日3回1錠づつ
コンビビル 1日2回1錠づつ 逆転写酵素阻害剤
カレトラ 1日2回3錠づつ プロテアーゼ阻害剤
(CD4:146、ウィルス量 4300)
HARRT開始後2、3日後から吐き気、食欲不振、下痢、高熱(ロキソニン飲んでもやで)が出て、
もしかすると、免疫再構築の可能性があるとの事で、急遽中止に。
中止後、カラダが楽になり、食欲が出てきた。
もしかすると非定型型抗酸菌症(MAC)かも、との事で、MACの薬の服薬開始
(CD4:117、ウィルス量 33000)
8 クラリス 1日2回2錠づつ MAC
シプロキサン 1日2回3錠づつ MAC
プレドニゾロン 1日2回2錠 (徐々に少なめにする) MAC
ラニメルク 1日2回2錠 (プレドニゾロンと併用) MAC
エブトール 1日1回3錠づつ MAC
マイコブチン 1日1回2錠づつ MAC
ナウゼリン 1日2回1錠づつ
(胃薬:手が震えるなどの副作用が出やすいためムコスタに変更)
メプロン 1日2回1袋づつ
口の中にカンジタが発生して、ハリゾンを処方してもらう(1週間続けて無くなったんで終了)
白血球の減少があり、原因と疑われるマイコブチンとナウゼリンを1週間で中止。
状態が安定してきたので、HARRT再開。
(CD4:73、ウィルス量 69000)
今服薬中の薬
9 クラリス 1日2回2錠づつ
シプロキサン 1日2回3錠づつ
エブトール 1日1回3錠
ナウゼリン 1日2回1錠づつ
メプロン 1日2回1袋づつ
ムコスタ 1日3回1錠づつ
コンビビル 1日2回1錠づつ 逆転写酵素阻害剤
ビラセプト 1日2回5錠づつ プロテアーゼ阻害剤
*緑字はCD4・ウィルス量、赤字はHIV治療薬
また、高熱がでたらロキソニン、吐き気があればナウゼリン、
眠れそうに無い時はロヒピノール、精神が安定しない時はコンスタン(まだ飲んだ事はありません)
を処方されました。また、
そして検査、
入院中 採血 2~3日に1度
その中で動脈からの採血は入院中に2度
レントゲン 4~5日に1度
CT 1週間に1度くらい
ガリウムシンチ (体内の炎症を調べる) 1回
眼科 (サイトメガロウィルス網膜炎の検査) 週1回
CT(造影剤注射あり) 1回
*本来は↑は承諾書がいるのに書かずに受けさせられた、詐欺です、はい。
肝臓の超音波検査
退院後 採血 病院に行く毎 週1回
HIV検査は月1くらい
CT(造影剤注射あり) 1回 *今回は承諾書有
レントゲン 最初の外来の2、3回ほど
STDの検査
眼科 (サイトメガロウィルス網膜炎の検査) 2週間に1回
後は、心療内科(月1回)、都からのカウンセラー(2週間に1回)
こんな感じですかね。
家族への告知。
それから
ひとりになった僕は、
誰に相談する訳でもなく、
冷静に感染時期の事、仕事の事、そして親への告知の事などを考えた。
家族の理解があれば、
それが僕の力になる、
だから親に告知すべきと先生は言ってた。
それは分かる、よーく分かってんねんけど...
”母親に告知か...
ショック受けるやろうなぁ...”
母親は身体に障害を負ってからかなり弱気になってしまっている。
そんな時にこんな話は...絶対できない、無理!”
知らないのならそのままで、
入院の事実すら無かったことにしておこう、
だから早く社会復帰せなアカンとも思った。
それから、先生は告知はどうされます?や
入院した時がいい易いですよ、
東京に来れるなら時間作ります、とか。
今はいろんな事が起こり過ぎてそんな余裕は無かった。
正直ウザい。
そやから、兄には伝える事にした。
もっとゆっくり考えたかった、
いや考えたく無かったのかもしれませんが...
僕には兄がひとりいます、
もう結婚もしてて子供もいて、
昔からやさしい兄やったんで、
兄にだけは伝える事にした。
それで2月の下旬に兄が東京に来る事になった、
電話ではちゃんと伝えられへんと思ったんで、
病名は伏せて。
入院中の担当医は忙しくて来れないので、
先生(今の担当医)同伴の告知は夕方になった、
”ちっ、いつでも時間取れる言うてたくせに
兄は遠くから来るねんで、ちとは考えーや”
(住んでるのは関西言うてももっと田舎なんやけど)
と思った、
今思えば忙しい時間の中来てくれはったから感謝せなアカンのにね。(反省)
兄が来るまでドキドキしっぱなしやった、
病名を知ってどんな気持ちになるやろう?
どんな風にせっするんやろう?
吉とでるか、凶とでるか、
すべてが未知の世界でした。
そして、15時くらいに兄が病院に来た。
たわいの無い話をして先生が来るまで場をつなげた。
で先生が来た。
まずは先生と、看護師さんが兄と話した。
それから3人で、
やっぱり、泣いてしまった...
先生が部屋から出て行き、
兄と2人きりに...あー気まずい。
”今すぐ死ぬ病気やないんやろ。
仕事も出来るようになるやろうし、
アカンかったら帰って来たらええねん、
親には話さん方がええけど、
話す時は協力するし、
なんかあったらいつでも連絡くれ”って
普通ならなんで感染したか聞くのに、
経路を知ってか知らずか聞かれずだった。
それから1週間~10日には電話がかかってくる、
以前は電話すら無く、会っても2年に1度とかやったのに。
今では心強い存在になってます、
ホンマにありがたい事です。
なので、今現在僕の感染について知ってるのは、
兄だけです。
告知まで。
”だるさ”は以前から感じていたんですが、
昨年末から風邪の症状が続いて、
体温も38.5度くらいやって、
(昔から風邪ひくと高熱を出すねん、へたしたらover40)
また風邪か、とくらいしか考えていなくて、
近くの小さい診療所でも”風邪”と診断された。
年が明けてだいぶん楽になってきたんやけど、
”だるさ”は完全に抜けていなかった。
1月の中旬くらいから高熱がぶり返してきて、
薬と栄養ドリンクを飲むことが毎日の日課になっていた。
運悪く、その頃は仕事が忙しくて、
休みも無ければ長時間拘束される状態だったんで、
なかなか病院に行けなくて、
1月の下旬にやっと総合病院に行く事ができた。
その病院の診察では、
”肺炎”ですね、との事。
ただ数値的にもしかすると”ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)”の疑いがあるとの事で、
近くの大きな病院に紹介状を書くので、
ちゃんと検査した方が良いとの事をいわれた。
”ホンマはすぐ紹介された病院に行った方がいいんですが...”
”でも休む訳には...明日行きます。”
声もちゃんと出えへんくらい呼吸が苦しかったけど、
仕事に出かけた。
その肺炎の原因的には”HIV感染”もあるという知識はあったので、
もしかすると...ってちょっと思ったのですが、
2年程前のエイズ検査は陰性やったし、
僕はSEXに対してセーファーやったし。
先生も他の可能性もあるとの言ってたので、
当時の僕には”HIVに感染”は絶対に無いと確信していた。
次の日、
多分検査があるから、朝一番やったし、
総合病院で処方されたロキソニンとかは飲まずに行った。
高熱が出てたので(多分39度)、待ち時間はベットの上。
弱ってる僕に看護師さんは大変優しく接してくれた。(感謝、感謝)
で、診察でいろんな質問を受けた。
診察の結果、
即入院せなアカン事、
(僕は入院はあっても今日はないやろうと思ってたんで、何も準備なしで行ったんでビックリ)
やはり”ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)”の可能性があるので、
すぐに動脈・静脈の採血と内視鏡検査を受ける事に。
採血は大丈夫やったんやけど、
この内視鏡の検査がメチャクチャ苦しくて、(ホンマに殺されると思った)
暴れるから、何人かの先生や看護師さんに羽交い絞めにされて検査をうけた。
検査終わったら高熱もあるしグッタリ。
その後個室の病棟に隔離され、
担当医(入院時の呼吸器内科の先生)から、やはりニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)ですね。
HIVの検査をしますか? もちろん、”はい”(HIVでは無いとはっきりさせたかったし)
それでもまだ僕はHIVに感染してないと自信があった。
採血をした。
その3、4日後くらいに
担当医が他の医師(今現在の担当医)を連れて病室に入ってきた。
”結果なんですが...陽性でした”
ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)を発症してるので、エイズ発症である事も。
”でも、今はエイズ=死では無いし、普通に社会生活を過ごせる、
この病院は拠点病院なんで、感染症の先生もいます。”
と隣にいた先生を紹介された。
その時の僕はといえば、
鼻から酸素、点滴、食事中(コレは重要)との事もあり、
現実逃避は不可能な状態でした。
絶対に感染は無いと思う反面、
もしかしたらっても思い始めてたんで、
”あ~やっぱりな”
と変に納得する自分がいた。
逃れられへんし、あきらめ状態やったと思う。
ただ、頭ん中が真っ白にならなくて、
”なんでこんな話を食事中にするねん!”
って思った。
結局夕食は残してしまった。
(入院前よりも体調が回復してたので、病院の御飯のおいしい事や
隔離されてたんで退屈やった事もあり、食事は最大の楽しみでありました。
これからの事、親への告知の事、病気の事を一通り説明して、
”何か質問は?”
”はぁ、そんな急に言われても...今は無いです”
先生達は病室を出て行った。
御守。
今日もいつもと同じ日常だったので、
僕の大切なアレをご紹介致します。![]()
僕の大切な御守達です。 パチパチ![]()
彼等は
僕の財布の中で生活しております、はい。
あれあれ?
御守同士やと喧嘩しはるんちゃうん?
と思われますが、
割と仲がいいのです、表面上。
真ん中の黄色い”幸福御守”というのが、
かの有名な、
(地元では、いっつも人いっぱいやねん)
1年中鈴虫の音色が聞ける、
鈴虫寺の御守です。![]()
(京都の嵐山付近)
この鈴虫さんには、
お地蔵さんが居てはって、
そのお地蔵さんにお願い事をします。
このお地蔵さん、
ちょっと変わってて、
わらじ履いてんねん。
願い事をする時に
住所と名前も一緒に伝えます、お地蔵さんに。
そうすると願い事を叶えに家まで来てくれはるんです。
あれ?もし引越ししたら?
大丈夫なんです、
鈴虫さん方向へ拝み、
住所変更も出来るのです、
しかも願い事を変更する事もできるんです。
(1つの御守にお願いは1つだけ)
願いが叶うと、
御守を鈴虫さんにお返しします。
なので、僕がこの病気になって、
お願い事を変更しました。
*お願い事なんで、もちろん秘密です、はい。
そのせいかどうか分からんけど、
おかげさまで、
最近体調もだんだんと良くなってきました。
あっ!しまった!
お願い事バレたかな...![]()
でも、
僕の究極のお願い事は、
今現在、叶う可能性は無さそうなので、
まだまだ僕の財布の住人で居てくれそうです。![]()
実は、御守達の他に
同居人がもう一人...
それは、
コンドームです、はい。
お金がいっぱい貯まるようにとウルトラサイズにしてます。
はいはい、通常使用は不可能な状態になってます。
しかもボロボロなんで。
なんか昔、
財布に入れてたらお金が貯まるとの事で、
それからずっと僕の財布に居座ってます。
やらしいなぁ~
2つの意味で...![]()
