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訂正。

HAARTのつづりが間違っていました、気付かんかった。


HARRT でなく、HAART

            ダウン

 (Highly Active Anti-Retroviral Therapy)

とは、カクテル療法とも呼ばれ、

複数の抗HIV薬を、

各人のの症状・体質などに合わせて組み合わせて投与し、

ウイルスの増殖を抑える治療法。



社会復帰に向けて。

昨日は久々に電車に乗ったりして動き回ったせいか、

夜はすぐに寝れた。ぐぅぐぅ

でも、朝早く目が覚めて...ひらめき電球

うーん、寝れない、

しかも寝汗(この病気の特徴?)もいっぱいかいたらしく、

首周りとかヒンヤリとしてた。


冷静に考えると、

昨日の行動でかなり疲れがあったという事は、

かんなり、体力低下してる...ダウン


そら、体重も一気に15キロ落ちて、10キロ戻るわいな。


2ヶ月入院して、

そっから3ヶ月の自宅療養、

トータル5ヶ月...あっという間でもあり、長かった感もある。


早ければ今月末から仕事に復帰できる。

金稼がなアカンし、復帰したい。


僕はなんや知らんけど、

こと仕事に関しては頑張るヤツみたい、今までの経験上。


プライベートはダラダラしてんのに、

仕事は別みたい。

前職の職場が職人さん的職場やって厳しかったからかなぁ?


昨日ぐらいの行動範囲で疲れてるようではアカン!

体力つけんとアカンなぁ。


無理せんでええよ、とか言われるけど、

これは無理して頑張ってる訳やないねんけどなぁ。


今回の復帰でも頑張るんやろなぁ、多分。

まぁ、こんな自分自身が大好きなんやけどね。ラブラブ


毎回同じことの繰り返し...学習力ゼロです。


よーし、体力つけちゃるちゅーねん!チョキ


新たな出会い。

今日はとある会合に参加した。

その会合は今日で2回目で、ドキドキしながら行った。


電車で行かなアカンのやけど、

ココ最近、人ごみの中や電車などに乗ると、

”吐き気”をもよおしてしまう...


あ~電車が怖い...ガーン


どうなんねんやろ?って思いながら乗ってみると、

以前より大丈夫だった。

イエーイ!慣れてきた!チョキ


でも、電車から降りると、また、来ました...

”吐き気"が。ガーン


ガマン、ガマン、気のせい、気のせいって言い聞かせ、

落ち着く為にカフェに入った。


胃にやさしそうなラテをオーダーし、

落ち着いてきたので、店を出ることに。


あっそうや、トイレ行こうと思ってトイレに行ったのが悪かった。


ガマンしていたものが、便器を見た途端吐き気が...


なんか、便器が

”今やったら吐けるんやで、吐いて行きいや...

 他で吐きそうになっても知らんで、今しかチャンス無いねんで。”

って言ってるようでした。


まぁ条件反射みたいなもんやね、便器=吐き気...いつか克服してやるねん!

案外緊張してたからかも...べーっだ!


はい、吐いちゃいました。


で、会合に参加。


帰りは案外吐き気は大丈夫でした。

緊張してただけかも...なんせ、チキンですから。


で、その会合で一人の人に、

電車・人ごみで吐きそうになるのは、精神的なもんや無いの?と

考えてへんかった、すべて薬のせいにしていた。

こんなに苦しいのも薬のせい、ってずーっと思ってた。


今度の心療内科の時相談してみよう!

気付かせてもらって、ありがとうございます。(ホンマ感謝です)


その他にもいろんな事に気付かされました。

恋愛・セックスに関してや対人関係など、

考えてなかった...いや、考えんとこうと思ってたのかも。


せやんねんな~、自分の事だけしか考えてへんかったかも。

色恋も今は全く関心なしやけど、

元気になってきたら、1番の悩みになるのかも...ね。


うーん、難しい。


ホンマに今日は気付かされることが多かった。

なんかたくさんの宿題を出された気分やった。


ようし、頑張るぞ!


眠たくなって来た、”薬のせい”かな

って、コラコラ


明日からね...


退院後~今現在。

今現在、

週に1度のHIV検診の外来

 2週間に1度の眼科&都からのカウンセラーさんとのカウンセリング

 1カ月に1度の心療内科

の為に病院に通ってます。


退院後の最初の外来は退院して4日後でした。


その時に次回からHARRTを開始するとの事、

1番僕にあった薬との事で、承認した。


開始してみると、

最初の2、3日は平気やった。

しかし!

その後、猛烈な吐き気&高熱&下痢が続いた。


これは一過性のもんやろう、

これを乗り切ればきっと大丈夫...

そう考えてた。


絶対大丈夫...

大丈夫になるねん...


無理やった。


限界をはるかに超えていた。

入院させてくれ...


結局、

第1回の投薬は中止となり、

やはり恐れていた免疫再構築が起こった。


中止してだんだん元気になってきた。

こんなに世界が明るかったなんて、

こんなに普通が幸せやったなんて...

初めて気付いた、また、それがうれしかったりもした。


でも、元気になる事は、物事を考える時間が出来るという事で...

今まで治療に集中していたものが解き放たれて、

それまでフタをしていたものが顕在化してきた。


将来の事、仕事の事、告知の事、薬の事...


あ~どうしようって思った、


特に投薬中止をしてたんで、CD4が下がるのが怖かった。

仕事が出来なくなるのが怖かった。

親への告知が怖かった。


ってちょっとは考えたが、

考えても仕方ない事は考えない、

なんせもったいないから。(さすが関西人!)


でもまだ原因が解らず、非定型抗酸菌症(MAC)を疑った

その薬を飲むと更に体調回復した。

それは、ロキソニン(解熱・痛み止め)からの卒業でした。

イエーイ!いい感じ!


で、先生曰く、

”やはりMACでしたか...結果論ですが、今回の免疫再構築はMACでしたね”

って、ちゃうかったらどうすんの?先生!

ホンマは感謝してます、おおきに。

経過後診断なんて...


MACも落ち着いてきた頃、

HARRTの再開、お待ちしておりました。


でも今回は不安がいっぱいやってん、

副作用や免疫再構築がまた出たらどうしよう。

そしたら、実家に帰らなアカン、そしたら、親への告知...

アカン、アカン、それはなんとしても防がなアカン。

結局のところ考えても仕方ないモンやし、出るモンはでる!


飲み始めました...


服薬当初、

またまた来ました、吐き気・下痢...コレさえ乗り切れば...

発疹さえでなければ(新しい薬は発疹が出やすい、出るとアウトらしい)...

我慢しましたし頑張りました、せっかく飲んだ薬を吐き出さんように。


それで今現在ですが、


副作用も克服?した感じで、

あとは免疫再構築...頼むから出んといてや、お願いやで。


っという状態。


来月から仕事復帰出来そうやし、これからですな、

ホンマの喜び、そして悲しみ...


僕はそれを受け止めるし、

受け止められんモンは...

 ”右から右から何かがやって来て~

         ~僕はそれを左へ受け流す~”

みたく、さらっと流してみせます、闘牛士のように。


もっと自分自身を確立させて、強く生きて行こうと思う。


長々と今日は5項目も書き留めちゃった。

やっぱり、文章下手や...文章は難しい、

まぁ僕は感性の人間ですから、いいんですけどね。(ウソ)

     ↑

最後にマスターベーションしてしまった...


現場からは以上です、

スタジオにお返しします。


入院してから。

僕の人生2回目の入院は、

2月上旬にいきなり訪れた。



肺炎の検査だけかと思いきや即日入院。

予想外の入院に何の準備もしてなかったので、

家はそのままの状態、

HIV影響(今思えば)で寝汗たくさんかいてた布団を干してなく、

高熱でしんどかったんで部屋はメチャクチャ状態のままでした。

あーあ、キレイにしとくべきやった。



まず、会社に連絡して、

入院になってしまった事を伝えて、

次に友達(ゲイではない)に連絡し、

必要なものを準備してもらった。

東京に来て半年くらいやったんでホンマ助かった、ありがとう。(感謝)

  (この時はまだHIV感染の事実は判明してません)



最初の3日程は個室でした、(個室は差額ベット代が高い)

隔離状態(結核の疑いもあったんで)やったんで強制的に個室になった。



”ヤバイなぁ、金なくなるなぁ

 入院してもお金掛からんのがいいって言ったのに...”って、

体調ボロボロやのにお金の心配...世の中すべてが”金”ですから。(←ウソ)

でも個室は強制なのでベット代は取らへんとの事、ラッキー。



HIVと解り、大部屋でも良くなったのでお引越し。

HIVやっても肺炎なんで病室は呼吸器科の病室でした。


そんなんやったらもう少しセレブリティ気分味わいたかったのに、残念。

やっぱ個室よりかは制限がいっぱい、

スペース的にも精神的にも、

まぁ貧乏なんで仕方ないっす。


入院中何度か外出許可をもらった、

家の中が心配で心配で...

案の定、部屋の中はどんよりしてて、

布団の下のマットレス(退院後捨てました)には寝汗の為にカビが...


現実を知りました、はい。


即効、窓全開・マットレス&布団干し・病室に持って行くモンを揃えて。

溜まってた電気やもろもろの支払いを済ませて、

また病院へ。


入院中はいろいろありましたよ、精神的に。

他の患者さん(呼吸器科関係の)に対しては何とも無かったのですが、

呼吸器の担当医に対しては不満だらけでした。


箇条書きにします、はい。

  

  ・良くなってますよ、ただそれだけ...データとか無いのん?って聞くまで放置

  ・骨のずいまで撮影会しときながら、初めて自分の肺を見たのは入院して1ヵ月後

  ・教授の回診で病室での肺炎名発言 (オイ!僕のプライバシーは?)

  ・CTの造影剤には承諾書が必要で、僕は署名せずに受けさせられた。

   忘れたんならまだしも、確実に日付操作してた。(故意やろ、詐欺やんけ!)

  ・担当医の上の先生と口論しムカつくような発言をした。


で、結局僕は入院に対してのストレスがあると判断され、

外来で大丈夫やろうと先生のムカつく発言の翌日急遽退院となった。

当時、僕的には見放された感でいっぱいやった。

当時の僕は医者に対して不信感を持っていた、

それは病院に対しても、

コーディネーターナース代わりの看護師さんに対しても、

外来の担当医になった先生でさえも...


結論、

今思うと、当時は入院というストレスから怒ってたかもしれません。

ただ、承諾書の件・ムカつくような発言は今でも許せへん。


今思えばやけど、

ニューモシスチス肺炎の治療してもらって、

その部分や看護師さん達には、

もちろん、今でも身障者の手続きのヘルプをしてくれているソーシャルワーカーさん、

感謝しています。


こんなワガママな患者で申し訳ないです、そして、


ありがとう