これからは恩返しの時間。飛ぶ鳥跡を濁さず。
以前、ぼくは何かに迷った時、「もし明日死ぬとしたら自分は何を一番後悔するか」と考えてみるといったことを書いたと思う。
今は、何もない。これといって後悔するだろうなと思い浮かぶことがない。きっと、今の僕は「幸せ」でも「不幸せ」でもないんだと思う。そういうことだと。
それはある種、余裕があるということの表れ。強迫観念めいたものに駆られない日々はどこか物足りなく、退屈だ。
何一つをも得ることのない時間、ぼくはそれに何も見出すことができず、何も変えることもできず、ただただ時間は過ぎていき、またその時がやって来る。そんなことは誰も知らず、知ろうともせず、顧みることもなく、ただ漫然と。
ひとりでは出来ないことがあったと、改めて思い知らされる。そしてそれはもう何度目だろう、繰り返される同じ景色は、正解ではないということなんだろうか。僕は昨日を何度も繰り返して、その度に試行錯誤して、けれど、結末はいつも同じ。迎えたくない日々の終わり。
自問自答を繰り返しても行きつく先はいつもひとつ。その時はもうそんなに遠くない。
自問自答、それがすべてを物語っていると知っているのに。知っていたのに。
君が笑む。それは僕が僕じゃない時。
それでも僕は笑む。君が笑むから。
