九、尸解仙になった少年
夏穂の前で地面に蠢いていた黒い影が立ち上がった。影は立ち上がって体をしならせて前後左右に動いている。死者だ。死者の群れが立ち上がった。
夏穂は思った。そう思えた瞬間丹生川神社の社殿も庫裡も燃えている。
また同じだ。あの時代に戻っている。振り返るといたるところで火の手が上がり燃えている・
中で影が呻き叫び声を上げている。阿鼻叫喚というやつだ。
どうしてみんな焼け死んでいるの?焼夷弾のせい?この町でこんなことがあったなんて。夏穂が嘆いていると突然社殿の方から父も兄も死んだ。これが戦争だー。全部焼けてみんな死ねー。と叫んでいるのが聞こえた。両手を上げて万歳でもするように歓喜している影がある。ミタマが飛び出していった。早い早い。ミタマはシャーと威嚇すると影に突進した。上半身裸の少年が見えた。
ミタマの攻撃で影の姿が見えた。一瞬だったが
額から血を流した痩せた少年がそこにいた。町の人たちに赤紙と称されて戦地に追いやられた父とまだ若い兄の呪いを口にしている。差別と呪いを吐いている。どうやら少年の一家は村八分にされたらしい。戦争の現実をこの町の人々にも知らせようとしている。
いじめはどこにでもある。加害者はいじめることで自分たちの安全を手にしようとする。そのときだけが普通でいられる瞬間なのだ。
その本質は自分そのものへの不安なのだ、少年に何があったかを推し量ることはできないが。少年は高らかに叫んでいた。ミタマが足に絡みつき爪を立てる。
駆け上がり首元に嚙みついた。うわっと声を上げた少年がのけぞった。ゆるりゆるりと姿が見え始めた。粗末な服を着た痩せた少年。こんな少年が何故現代の放火に関わるのか?何があるのか?
夏穂は影を解いた少年に話しかけた。
「なぜそんなことをするの?そんなに苦しそうにそんなに恨んであなたは救われるの?」
「この町の奴らがみんなで仕組んだんだ。みんなで兄ちゃんを戦場に送ったんだ。だからこの町を戦場にしてやるんだ。悪いか?全員に戦場を教えてやる。それがおいらの願いだ。文句あるか?」
「おおーい!火つけの小僧が見つかったぞ!上妻良治の子せがれだ」
「なにー。そいつを縛り上げろー」
「そいつも戦場へ送っちまえ」
「そうだそうだ。償わせろ!」
そこら中に町人が集まってきた。
どうすればいいの。夏穂は追い詰められた。
「これって尸解仙じゃないか」
「なにしかいせんって」
「仙人が空蝉を残すんだよ」
亮は腕を組んで考えつくしこう言った。
「もしかして縛られた少年はどうなったのだろう。そのままどこかで亡くなり、供養もされずに捨て置かれたんじゃないか。まだその時の思いのまま放火しているとしたらなんとなく放火の原因が分かるんじゃないか」と。
「なら少年は今も生きているっていうの」
「尸解仙放火を行っているんだよ。とすれば少年が亡くなった場所を特定し、遺体を供養すべきだよね。いいかいこの時代にもこの腕を残している。こ尸解仙以外に考えられない」
「リョウ。変な事知ってるね」
「たまたま中国の道教を調べているときに知ったんだよ」
「で、どうすればいいの?」
「少年が亡くなった場所が特定できればいいんだが」
「縛られた後のことは何も分かんないよ」
「丹生神社の境内で捕まったんでしょ?」
「じゃあその辺りから捜してみよう。こんなときミタマがいてくれたらなぁ」
「きっと向こうで普通に亡くなったのよ」
「ミーちゃんとは向こうだけのお付き合いか」
「な~に夏穂。さびしい?」
「一緒に追っかけていたんだよ。そりゃあ少しは」
「ミタマか…それも手がかりだな」
四人になった一行は丹生川神社へと向かった。
鳥居をくぐって境内に入った夏穂は右端の小さな広場を差してその辺で縛られていたと思う、と話した。
「少年の名は聞いてない」
「上妻良治の子せがれとしか」
「よ~し。戸籍を当たってみよう」
水尾出市役所へむかった亮と花穂は驚くべき事実に行き当たった。
謄本には確かに出生の記録があった。子供の名も二人届け出がある。しかしある時を境にいなくなるのだ。この町に当時は村だったろうか。戸籍が抹殺されたのである。以来どこを探しても見当たらない。上妻家は廃校になった小学校の辺りに大分大きな土地を持っていた。しかし蒸発したかのようにいなくなり、土地は市政に寄付されて小学校が建てられている。これが恨みのもとなのか?夏穂は少年が叫んでいた呪いの言葉を思い出した。父も兄も出征させられたと。
もしかして町の人に仕組まれた出征ということ。昭和三年に生まれた兄行雄と弟剛史の名前が確かに残されていた。家族はいたのだ。しかし終戦が過ぎると突然戸籍から姿を消す。そして住んでいた広い土地は市に寄付され学校が建った。つよし少年はどこへ連れていかれたのだろう?亮はコピーを取らせてもらっていた。
「どう。何か思いついたことある?」亮がそう尋ねてくる。
「昔はさ。檀家をまとめているお寺なんかに檀家帳みたいのがあってそれの方が詳しいことがのっているんじゃないのかな」
「そりゃいい。その通りだ。この辺りの民家が檀家になっている寺はどこ?」
「仏光寺かな」
「小学校のさらに北にある林の中」
「じゃあ今から行こう!」
廃校になった小学校のさらに北に鬱蒼とした杉林の入口に石段の登り口がある
。石仏不動尊の脇を通り過ぎると正面に仏光寺が静かにあった。さっそく住職に上妻家のことを尋ねると奥から過去帳を出して来てこう言った・
「上妻家はこの土地の出ではないな。お山から来た三人の家族とだけ載っておる」
「三人の家族…。両親と子供ですか?それとも片親と二人の子供ですか?」
「母親と子供二人ですね」
「母親?父親ではないですか?それにお山とはどこの山になりますか」
「母親とだけ記されておるな。それにお山とはこの辺りじゃお山参りのお山。死者の供養をする小高いやまのことじゃ。それ怖恐怖山とか出羽三山とかと同じ登拝するお山ののことじゃが。先代が記したものでわしにはようわからんな」
そう言う。言葉通りに解釈するなら母子で死者が眠るお山を超えてきた。ということになる。父親とはどこで知り合ったのだろう。
「父親とはこちらへ来てから結婚したのですか?」
「さあてどうじゃったろの。弓指家の公代さんなら何か知っているかもしれんのう。ただし敏も歳でのう今年で八十四か五になるはずじゃ」
そう聞くと亮と夏穂はさっそく弓指家へと向かった。上妻家には言い得難い何かが隠れている。夏穂はそんな気になった。
