母の弓削絹代は法師丸大輝に近づく真由子に不安を感じていた。真由子が心の底で感じていることに。今思えば定めだったのか、作り話だったらどれほど良かったか…いずれにせよ多くのしるしが現われてきていることは確かなことである。大輝の祖父法師丸徳蔵(ほしまるとくら)が隠れたのにも理由がある。物語りが本当なら、語り継いで来た者は証拠を探し、伝えることが義務だろう。
絹代は何度も首を振り、これから起こることがフィクションであることを願った。そんな折である。横倉紗英から電話がきた。真由子とスマホが繋がらないとかで掛けてきた電話に絹代は一抹の怖れを抱いた。真由子たちが水晶山へ行ったことを知らされたからだ。法師丸大輝がいろいろ教えてくれたらしいが、気になったのはその時真由子が気分を悪くしたということ。真由子の好奇心は自分でも知らないまま導かれている。娘にも見える時が来るのだろうか?
以来娘のことが気になっていても、つい遠ざけ、あるいは遠ざかり、石とそれに関する話を終わりにしたいと願うようになった。
でも娘はいつか気づくだろう。
その時には何と答えればいいのだろう。何と答えられるのだろう。
「お前がいくら心配しても、向こう様のことは向こう様に任せるしかないの。」
絹代のことばを真由子は顔面通りに受け取ることはできなかった。
すでに五日、夜中にあの黒い繭を見ているのだ。
父の雅臣は市の市民課のことでいつも愚痴をこぼしている。仕事も煩雑で忙しいらしく、たまに真由子の話を聞いたとしても、相づちを打つか、相づちを打ちながら一緒に同調するにとどまる。聞くも返事も上の空。考えようによってはそれで普通なのかもしれない。
しかし母は違う。その都度余計な忠告をしてくる。なぜか分からなかったが、今ではその理由が分かるような気がする。母は私が知りたがっていることを知っているのだ。
というのも、つい先日のことである。
その晩も真由子はあの得体の知れないものを見ていた。
見ているとあれが目に思えてくる。白目のない黒目だけの目に。いつかその黒目がつやつやと光りだし真由子を捉える。真由子の魂を吸い取る。
そんなふうに思うと、本当にそうなるような気がしてくる。
今にも体が浮いて引き寄せられるような…
これって…なんだか、水晶山の杉の道と同じ?
あのとき、私の身に何が起こったのか…
意識が夜に連れ去られかけたその時。
階下で聞こえてきた小さな音が、まるで一本の射のように真由子に突き刺さった。
誰?なんの音?
真由子の意識は部屋をすり抜けて。居間を、廊下を、キッチンを、そして庭をさ迷った。就寝中の父と母の寝息も聞こえるほど、聴覚はさらに鋭敏になった。
その場に立ち上がった真由子の視覚に白いものが動いた。
庭だ。庭に誰かいる。
前のめりになるとベランダの手すりから庭が見える。目を凝らすと母がいた。パジャマ姿の母が庭に出ているのだ。その空を見上げる姿に「あれだ!」と真由子は感じた。
母も見ているのだ、あれを…そう理解したとき、真由子の身体全体が震えた。
頭を低くして部屋に戻ろうとした時、かすれるような吐息に声が混じった。
…あと、何日かしら…そう聞こえてきた。
ベッドで丸くなりながら、なんだろう、なんだろうと、真由子は考えた。
母が市っていて、自分に隠していることを。
射を射る構えを何度も体に叩き込み、いよいよ射ることをゆるされた真由子は、母のことを忘れるためにも日々稽古に励みながら、これまでの出来事を順次頭の中で整理した。そしてあくる日、横倉紗英に会いに行った。
紗英は真由子の内側を推し量るような視線をおくるとひと言こう言った。
「決めた。」
真由子は紗英に数日のメールでの態度を謝り、これまでのことを隠さずに話すことにした。紗英は咎めることも、急かすこともなく、なにより夢や幻として否定しなかった。真由子が安堵を覚えた矢先、母のことを語りだすとその表情が曇った。
「…と言うことは何?お母さんは何か知っているということ。知ってて真由に隠してるってこと。」
紗英はめずらしく眉をひそめた。
捨て犬みたいに頼りなげな声が真由子の口からこぼれた。
「…そうみたい。言いたくないのかな…」
「何だろうね。それ…」
真由子を気遣いながらも、紗英は自分の気持ちを声高に語った。
「現実ってさ。人間みたいに二面性を持っている。そうは思わない。何かをきっかけに隠してきた別の顔を見せるとかあるでしょ。」
「きっかけって?」
「そうそれが重要。原因も理由もそこに隠れてる。原因はあの石でしょうね。理由はお母さんの態度に隠れているように思う。理由が知れれば、石の正体も、隠す意味も知ることができる。きっとそう。原因を明らかにすれば何故そうするかがわかる。だからね真由。自分をちゃんと持って行動するの。そうしなくちゃいけないの。できる?私も周辺から調べてみる。石の調査記録や、大輝くんの家庭環境、そして水晶山ね。私なら当事者でもないぶん客観的に調べられると思う。どこまで調べられるかはまだ分からないけどね。だから真由、ちょっと待ってて。」
私には時間もあるしね。と紗英ネエは笑顔になった。その笑顔に真由子はほっとした。言い出せなかったのは、変な人には思われたくなかったからだ。だからとてもありがたい言葉だった。
「あっそうそう。薫さんにもちゃんと連絡しておいてよ。返事がそっけないからって、何か悪いことしたかなぁって気にしていた。ね。話して。けど真由が話していいとこまでよ。つきあいも私たちみたいじゃないんだから。」
紗英ネエの援護を心強く感じた真由子は、別れるとすぐに薫に連絡をいれて謝った。クラブを終えて校門を出たところだという。
「マーリンが大丈夫ならいいんだよ。」
疲れた、と陸上と真由子の件を一色単に表現すると、真由子が射を射るところまで来たことに驚き、会える?と訊いてきた。もちろん、と答えると胸に風の足音が走り込みのように聞こえてきた。
いつか私のことをもっと話せたらいいね。
真由子の願いはそう遠くない未来に叶うような気がした。
そのためには…
「大輝くん。」
法師丸大輝が水晶山への道を歩いている。真由子の呼びかけに振り向いた大輝は前回のように逃げようとはしなかった。
真由子はある決意をもってここに来た。今度はひとりだ。
真由子の姿に思うところがあったのだろう。
また来るだろうと思った。と大輝は言った。
なぜ?と訊くと不思議な答えが返ってきた。
「同じ血が通ってるから。」
「えっ、何?どういうこと?」
大輝は真由子の問いに答えることなく自分の思いだけを伝えた。
「一緒にじいちゃんを捜してくれない。」
途方に暮れた少年の顔が困ったように道をふさいでいた。
その頃潮見市ではある最初の、といっても最初がいつなのかは誰も分からないかすかな胎蠢が始まっていた。
水面下でつながる事象、つながる人びと、つながる思い、それらが後に起こる震災の予兆となるような一連の事件が、いま真比古の目の前で起きようとしていた。
つづく
・・・・・
小説とは人間を描くことと思われますが
自分に語彙力が無いせいで
キャラの内面を上手く書けません
小説のテンポも気になります…
今後も試行錯誤の取り組みになると
更新していくことに躊躇してしまいます
けれども今の力でどこまでいけるのか
続けて書いていきたいと思います
今後ともよろしくお願いいたします