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自分の一部。

自身の膠原病の病状・治療などの記録。

長かった-。


4人部屋だったけどどんどん

皆退院していくし私は見送る

一方だし。


ただ一番ガクってきたのは隣の

同じ病気の人が退院していった時。

入院したのは私より前だったから

退院が早いのは分かるんだけど、

置いてかれた-って凄い思った。


それから妬けになった。笑




入院した時ステロイドのせいで

食欲が旺盛になったり糖尿病に

なったりするから間食には

気を付けてねと言われていたので

入院中ほとんど間食はせず

甘い飲み物なども飲まず

病院食だけで過ごしていたら

10kg痩せました。

初めの方で1週間に1kgづつ痩せて

後半は筋力の衰えもあり代謝

自体も落ちたのか10kg以上

痩せませんでした。

主治医に聞いたら何かの病気ではなく

ステロイドのせいだと言われました。

どうも必要以上に食べなければ

痩せていく様です。


血糖を計ったりして幸い入院中に

糖尿病の気は無く普通の

病院食で過ごしましたが

年齢関係なく高校生の子は

糖尿病食にされてました。


今は3kg戻ってしまったが

メトトレキサ-トの副作用のせいで

ご飯が全く美味しくなく日によっては

薬を飲む為に嫌々ご飯をとる始末。


美味しいと思えるのは果物類のみ。


カレ-も焼肉も焼き魚も臭いで無理。

白米ですらも気持ち悪い。


太らないのはいい事だが

食べ物が美味しくないって

いうのはちょっと生きてる

心地がしない。






筋生検の結果病名は


多発性筋炎に変更。


プレドニンを30mg→50mgに。


この時CPKの値MAX4080。


お世話になった病院は体重1kg辺り

0.8mgなので体重にしてはちょっと

多い位だが最初は大目にして

叩いていかないと多分

だめなんだろう。

同時にプログラフ3mgも開始。

プログラフはいい感じに血中濃度も

上がりその時以降量の調節なし。


プレドニン増やして一瞬値は落ちる

ものの2000台がズ-っと続く。

普通は値が下がり始めてとりあえず

4週50mg飲んで徐々に減らしていく

らしいが私の場合全く下がっていく

気配は無く常に横ばい。。。


4週飲んでも効果が見られなかった

ので主治医から次の治療法の

提案をうける。


1.ステロイドパルス療法

2.大量γグロブリン療法


一様は提案されたがステロイドは

飲んでも余り効果は見れなかったので

5日間γグロブリンをうける事に

なりました。


これ点滴みたいに入れるんだけど…

1本5万位するんだよ。

ト-タル100万の治療。

血液製剤って高いのね。

献血の一部から作ってるらしく

自分生かされてるな-って

つくづく思った。


あっ治療費は負担してません。

保険きかないって書いてあったが

払ってないので病院側の負担?

製薬会社に書類を出すとか何か言って

通常の人よりどの程度筋力が落ちてるか

調べてから点滴開始したが…

そこら辺はよく分からない。


副作用の感染症もアレルギ-もなく

無事5日間の点滴は終わったのだが、

効果は思ったほど得られず。


次の治療法の提案はステロイドパルス

では無くメトトレキサート(抗リュマチ薬)の

点滴治療。

リュウマチ薬として使われてはいるが

錠剤として内服出来るのは16mgまで。

そんな中私は点滴で1週間に1回20mg

入れる事に。


結局プレドニンは8週も50mgを

飲み続けるも特に変化は見られず

骨壊死などの副作用を考えて

40mgに減量。

それからは2週に1回5mgづつ減量。


メトトレキサ-トは徐々にですが

効いてくれたらしく点滴は5回で終了。

次の週からは16mgの内服に変更。

点滴と4mgも違うからどうなるか心配

だっがた内服でも徐々に値は下がり

まだ高い方だけど退院出来る位に。


その頃にはプレドニンも30mgで

退院条件クリアに。


退院はGW明けかな-って思ってたら

GWより1週も早く退院出来る事に!!!






年末年始は仕事。


1/13外来受診。


CPKの値が539→1798へ。


問答無用でぶち込まれる。

一時帰宅も許されず。


ここから4/21まで3ヶ月ちょっとの

入院生活がスタ-ト。


とりあえず特定疾患の書類を

提出する為に病名を付けてもらう。

その時はまだはっきりと多発性筋炎

だと判断出来なかったので症状的にも

当てはまる混合性結合組織病で

特定疾患を取る事に。


次の日以降、

CT、MRI、循環器内科(心エコ-)

神経内科(筋電図)、肺活量

骨密度などなど検査。


筋生検(左の二の腕)は筋電図を

やった方の反対から取るらしく当初は

足という話だったが腕に変更。

多分女だって事で気を使って

くれたんだろう。


正直生検は3回目。

シェ-グレン発病の時に唇の

裏の唾液腺を取ったのと、

2年前位に蕁麻疹が頻繁に

出る様になった時に皮膚生検。


ただ今回は皮膚より中の

筋肉を取るって事で結構

大きく切られました。

傷口は4cm位だろうか。

元々私は理系で解剖とか好きな方

なので特に抵抗はなく医者の話し声

なんかを聞きながら大人しく

終わるのを待ってました。


今思えば自分の筋肉見せてもらえば

よかったなと思うほど。

だって今後また取り出さないと絶対

見る事は無い代物。後悔。。。

ただ検査に回さなかったカスみたいな

私の筋肉は今ホルマリン漬けに

なっているらしい。


取っておいてもらえるなんて

光栄です。笑


去年の夏頃からの関節の不調は

変わらず痛みは耐えてリュウマチ

なんかを見ている整体なんか

にも通った。


秋口は仕事場が忙しくなる時期。

さほど無理をしていた自覚はない。

ただ指の関節が強張り動かす

のはしんどかった。



冬になり寒さも厳しくなり

2~3年前位から出ていた

レイノ-が頻繁に出始める。


手袋なんって何のその。

足の裏なんて表現悪いが

死人みたいに血色が無くなってた。


この時点でレイノ-症状も去年より

悪化していた自覚はある。



11月。

ライブの帰り。

坂でも無いのに歩くのが

しんどくなる。

足が重く息苦しい。

その時は疲れからきてちょっと

調子が悪いだけだと思ってた。


12月。

外来受診でドアを開けた瞬間

主治医若干焦った顔をしている。

第一声が

「調子悪いでしょ?」だった。

どうも血液検査の値が

悪かったらしい。


10月のCPK 12

12月のCPK 539


明らかにおかしい。


とりあえず安静にして1~2週間仕事

休んでっと言われた。

プレドニンも10mgから外来で出せる

MAX30mgまで上げた。


この時点でも軽く考えてた自分

何て軽率。


仕事も休みは増やしてもらっては

いたが出てたしライブにも行った。


11月のダルさと比べ物にならない位

歩くのがしんどくて重力が重くって

自分でも自分の身体がどうなってる

のか分からなかった。


腕を持ち上げるのもしんどい。

常に痛みは無いんだけど

長時間腕を上げてる時の様な

痛みが少しでも上げるとあった。












ハッキリ言ってそこまで自分には
病気についての知識は無い。
H12にシェ-グレン症候群と
診断され症状と言ったら
ドライアイや唾液の分泌が
悪い位。
生活に支障をきたす程の
ものは無かった。
当時薬も飲んで無かったし
先生からも特に規制される
事も無かった。
法改正前だから特定疾患の
認定は受けていたが当時の
私はさほど重くは考えて
いなかった。



そ-今年の1月に多発性筋炎と
診断され外来受診後即入院と
病院にぶち込まれるまでは。
翌々思い返してみれば予兆と
なる物が去年からあった。
関節が痛いのは結構前からあった。
だから10代の時から痛み止めは
常飲してた。
でも関節痛については主治医にも
言ってあったし主治医は多分
血液検査なんかでも検査
してたと思う。

ここでも軽く考えてる部分があって…
検査結果は未確認だが。
多分やってる。
問題無かったり関係なかったら
余り言わない先生だって最近
分かったから。笑
その痛みが変わってきたのは夏頃。
痛み止めが効かない位痛いし
起き上がるの立ち上がるのが
やっとの位だった。
当時自分判断で関節リュウマチ
なんじゃないか?っと思ってたが
違うと判断された。
今思えばシェ-グレンの症状の
1つっだたのかも。



H22 9月。
FC旅行に行く。
宮城まで長時間のバス移動。
帰って来た途端もう無理って
夕飯も食べずに就寝。
これがマズかった。
夜の分の薬を飲まなかった。
朝起きても身体が使い物に
ならない位だるく大変な目に
あった。
それ以来薬特にプレドニンは
ちゃんと飲んでます。
時間がずれても。