「幻想と詩情とにみちた、これは世のもっとも美しい、もっとも異様な短篇集である。
恐怖と、童心と、夜と孤独の作家ブラッドベリに会いたまえ!」
レイ・ブラッドベリの著書に添えられていたキャッチコピーが、ブラッドベリと言う希有なSF作家のことを、よく表しています。
ブラッドベリは2012年に91歳で亡くなりましたが、その訃報に接し、なにやら悲しい思いに浸りました。
ブラッドベリといえば、美しい抒情をたたえた詩のような文体を綴ることで知られている作家です。
SF小説というカテゴリを超えて、あまりにも美しく、あまりにも詩情豊かな言葉が連なり、風景描写ひとつをとっても、ブラッドベリだけにしか醸し出せない世界観に、引き込まれてしまいます。
前回の記事にて野田秀樹が「半神」で用いた朗読を紹介しましたが、そこに目を通していただくだけでも、その美しさの一片を垣間見ることができると思います。
百万年の孤独
ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)/レイ・ブラッドベリ
¥924
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朗読として用いられたのは、ブラッドベリの「ウは宇宙船のウ」のなかに収められた「霧笛」という短編小説です。
以下、ネタばれになりますので、小説を先に読みたい方は、注意して下さいね。
物語は、岬に立った灯台を舞台に、灯台守が助手に話し聞かせるように進んでいきます。
灯台には一年に一度、得体の知れない怪物が近づいて来ては、灯台から響く霧笛に呼応するように一晩中叫び声を上げながら、灯台の周りを泳ぐのだと・・・。
ある晩、灯台守はその怪物の姿を見て驚きます。
それは、とっくの昔に絶滅していたはずの首長竜という恐竜だったのです。
そして、その晩も、灯台守の話したとおりに、恐竜が姿を現します。
なぜ恐竜が霧笛を聞いて灯台にやって来るようになったのか、灯台守は静かに助手の青年に向かって話し続けます。
「おそらく彼の年齢は百万歳だ」
百万年の長きに渡って、恐竜はただ一匹、深い海の底に身を潜めていました。
彼以外の仲間はすべて死に絶え、彼だけが残り、永遠とも思える百万年の時のなかを、孤独に耐えてきたのです。
ガブリエル・ガルシア=マルケスの名作に「百年の孤独」があり、有名な焼酎にも「百年の孤独」がありますが、恐竜の孤独はその比ではなく、実に百万年です。
百万年の孤独が、どれだけ深い哀しみと寂しさを伴うものか、想像するだけでも気が遠くなります。
しかし、恐竜は百万年の眠りから覚めます。
遠い昔に聴いた、彼の仲間の声が、耳にかすかに届いたからです。
灯台から響く霧笛の音が、彼の同族の声にそっくりだったのです。
百万年の深い孤独の闇のなか、他にも生きている仲間がいると知った恐竜の喜びは、いかほどであったことでしょうか。
その声に導かれ、恐竜は少しずつ上昇をはじめます。
身体がなじんだ場所から引きはがされることは、耐えがたい痛みを伴うものですが、深く沈んだ海水の重みを振り払い、一時間ごとに数フィートずつ、少しずつ少しずつ登っていきます。
そうしないと、気圧でたちまち彼は押しつぶされてしまうからです。
三ヶ月もかけて、恐竜はやっと水面に出てきます。
そして、霧にむせぶ海の向こうから響く仲間に逢うために、恐竜は灯台に姿を現したのです。
恐竜からはぼんやり霧の向こうに垣間見える灯台の影が、首長の自分の仲間にしか見えません。
百万年の時を経て、ようやく同族に巡り会えた喜びに打ち震え、恐竜は灯台に向かって、仲間になってくれと咆哮します。
霧笛が規則的に鳴り響くなか、恐竜はそれに応えて鳴き続け、いつ尽きるともしれない恐ろしい声が、灯台を行き交います。
でも、恐竜がどれだけ懇願しようとも、当たり前ながら、灯台はなにも応えてはくれません。
恐竜は失意を抱えたまま、孤独に満ちた深い海の底に、再びとぼとぼと帰って行きます。
それでもあきらめることができず、恐竜は毎年、灯台に姿を現しては、仲間になってくれと、再び空しい咆哮を続けるのです。
恐竜の悲痛な物語を助手に聞かせた灯台守は、「しかし、こんなことはもう終わりだ」と、鳴り響いていた霧笛のスイッチを切ってしまいます。
そのときの恐竜の驚きと、怒り--。
そして、なにが起きたのか!?
二度と自分が傷つかないように、それを滅ぼしてしまいたくなる
どれだけ請い願っても、望みは叶えられないという絶望感に打ちのめされ、恐竜は衝動的に灯台に突進し、それを破壊してしまいます。
そのときの恐竜の心情は、灯台守によって語られます。
二度と返らぬものをいつも待っている。
あるものを、それが自分を愛してくれるよりももっと愛してる。ところが、しばらくすると、その愛するものが、例えなんであろうと、そいつのために二度と自分が傷つかないように、それを滅ぼしてしまいたくなる。
レイ・ブラッドベリ著 「霧笛」より引用
深いですよね。
あまりにも深い言葉です。
私がこれまで目にした名文のなかでも、間違いなくベスト10に入る名文だと思います。
灯台を破壊したあと、恐竜は哀切を込めた咆哮をはじめます。
怪物はあえぎながら叫んだ。
灯台はなくなってしまっていた。
信号灯はなくなってしまったのだ。
百万年の向こうから怪物に呼びかけていたものはなくなってしまったのだ。
レイ・ブラッドベリ著 「霧笛」より引用
恐竜は再び孤独の淵に沈むのですが、その孤独は百万年の間、恐竜が感じていた孤独とは比較にならないほど、あまりにも深く絶望的な孤独だったことでしょう。
はじめからないよりも、たしかにあったものが、永久に失われたときの絶望感は、筆舌に尽くしがたいものがあります。
百万年の歳月よりも重い孤独を抱え、恐竜はこれから先、どうやって生きていくのでしょうか。
ブラッドベリの「霧笛」が、やけに心に染みてくるのは、大切ななにかを失った悲哀は、誰にも分かち合えるものだからでしょうね。
人は今を生きるために、多くのものを得て、また多くのものを失っていきます。
失ってみてはじめて、それが自分にとって、いかに大切なかけがいのないものであったのかに気づき、慄然とすることもあります。
しかし、失われものは、もう二度と自分のもとに戻ってくることはありません。
どんなに泣こうがわめこうが、すでに存在していないものは、戻っては来ないのです。
それでも人は求めずにはいられません。
二度と手にはできない失われたなにかを、待たずにはいられない絶望感と、空しさ・・・。
失われた大切ななにか、失われた過去、引き裂かれた想い、そんな救いようのない心情を唯一慰めるものは、茫洋とした霧のなかから響き渡る霧笛の音だけです。
「半神」と「霧笛」をつなぐ再生への祈り
半身を切り裂かれ、離ればなれになった双子の姉妹の孤独を埋めるのも、霧笛の音だけです。
野田秀樹の「半神」のラストには、再びブラッドベリの「霧笛」の一部が、力強く朗読されます。
先生 くっついていた?
シュラ うん。
先生 そんな話、誰も信じないよ。
シュラ 誰もが、そう言うの。切り離されてからは。(ボ~、霧笛の音が響く)
シュラ 先生、あの音......。
先生 どこかで聞いたことがある。
シュラ 何かしら?
先生 なんだろう。(ボ~、霧笛の音が響く)
先生 霧笛だ。霧笛が呼ぶんだ。
きみは遠くから来たんだ。
遠く深い山から千マイルもむこう、20マイルも深い海底から、百万年もの時を経て、そんなに長い間待っていた、
あれは最後の一群......。ここに5年前に人が来て、この燈台を建てた。
そして霧笛をそなえつけ、それを鳴らすんだ。きみは眠っている。
深い海の底で、遠い世界の夢なぞを見ている。
昔、きみの一群が、幾千、幾万もいたころの夢。今、ここにきみのいる場所はない。
きみは隠れていなけりゃならない。霧笛を鳴らすんだ。
それはひびいては消え、ひびいては消える。きみは目覚め、ゆっくりと動き出す。
水圧に体をならしながら、少しずつ、少しずつ、上昇する。
急に上がったら体がはれつしてしまうから、3か月ほどもかかるだろう。冷たい水を千マイルもこえてくる。
いく日も、いく日もかかって、そして、やっとやってくる、やってくる......。
野田秀樹演出 劇団夢の遊眠社公演 「半神」より
「半神」で描かれた霧笛は、深い絶望の淵から這い上がる、再生への祈りではないでしょうか。





