NYで私のことをとても可愛がってくれたリネット・ハーディーさんという女優がいます。
あのマリリン・モンローも通ったかの有名なアクターズスタジオのメンバー。
私も劇作家として特別に通わせて頂いていたのですが、そこでリネットに出会いました。
留学を終えて帰国してからもちょくちょくNYに行っていたので、リネットとは10年以上の付き合いになりました。
毎週アクターズスタジオが終わると一緒にランチに行ったり、44丁目から34丁目まで歩いて世界一大きなデパートとして有名なMacy'sに買い物に行ったり。
20代の私と60代だったリネット、一緒にたくさん宝物のような時間を過ごしました。(当時は年齢を教えてくれなかったけど、最後にホスピスで会ったときに自分は86歳だとやっと教えてくれた)
リネットは、私にとってまさにNYのお母さんのような存在でした。
2015年の6月に膵臓癌で亡くなりました。
最後に会ったのは、ブロンクスにあるホスピスに会いに行ったとき。
30分もない面会時間で、何を話して良いのか分からずに、結局いつも通りの世間話をしました。
リネットも私もこれが最後になると分かっていて、でもそのことには一切触れませんでした。
きっと泣いちゃうなと思っていたけど、意外に平気でした。
ただ、そのときの空気とか彼女の生を一瞬も逃さないようにという一心で、必死で、ものすごく集中して一言も漏らさないように、そして楽しい時間にする・したい、とそんな気持ちだったのを覚えています。
何度も聞いたことがある話がいくつか、私のしょうもない近況報告を2.3、そして何故か突然リネットは靴下を脱がせて、と私に頼みました。
末期がんで足はすっかりむくんでいて、爪もはがれていていました。
リネットが私に見せたかったのは親指。
なんと、親指にデイジーの入れ墨が入っていました。
知らなかった!
びっくりしました。
黒いふちどりだけのシンプルなデイジー。
スイスで入れた入れ墨だそうです。
お母さんの名前がデイジーだったので、親指にデイジーの入れ墨を彫ったとのこと。
どうしてあのとき、あのタイミングで、あんなに嬉しそうにはじめて見せてくれたのか・・ずっと考えていました。
とても親しくて、お互いのことはだいたい知っていた(つもり)だったのに、こんなに彼女にとって大切なことでまだ話してくれていないことがあったことに驚いたし、見せるタイミングは他にいくらでもあったはずなのに、どうして最後の30分にとっておきの秘密みたいに打ち明けたんだろう・・とずっと考えていました。
亡くなって2年目の6月を迎えて、今朝突然、あの入れ墨のことを思いだしました。
いま、新しいことを始めようと考えていて、その企画について思いを巡らせていたときに、あの親指のデイジーをふと思い出しました。
ふと思い出したつもりだけど、きっとふと思い出したんじゃなくて、私の中で、この2年間、じっくり熟成されていたアイディアなんだろうな・・
謎が解けた気がしました。
そして、2年がかりでやっと親指のデイジーのメッセージを受け取れることが出来た私が、晴れてこの企画をスタートしたときに、はじめてリネットは夢に出てきてくれるのかなぁ・・
(まだ一度も夢に出てきてくれていない)と思うと、そうだ、思い切って始めてみたら、またリネットに会えるんだ!と嬉しくなった今日でした。
なんのことやら(笑)
10周年を乗り切り、11年目。
水面下で進めようとしている新しい企画があります。
そんな大したことじゃないけど・・・(笑)
もう少ししたら、詳しく書きます!
Thank you Linette.




