「進一、俺、漫画書きたい。」

「藪から棒になんだ?」

 とある放課後。僕、磯部進一(いそべしんいち)は糸井剛(いといつよし)から相談を受けた。

 お弁当を食べているときは黙々としていた。糸井はあまりしゃべるタイプではない。友人も僕しかいないし、ほかのクラスメイトと話そうともしない。所謂陰キャに属するオタクだ。

「光のオタク、進一に頼みたい。僕の担当になってほしい。」

「まてまて。そんな光の戦士のパチモンみたいなものを僕にさせるんじゃぁない。その前に、なぜ漫画を描きたいんだ?しゃべらないお前が言うってことは、何か考えがあってのことだろ?」

 

「僕は漫画家になりたい!」

 

「・・・まずは理由を言え。正直、やることは確定なんだが、お前のその感情はなんだ?鼻づまりから解消されたようなスッキリ感がある。呼吸ができる喜びを思い出したかのようなスッキリ感だ。何がお前を漫画家にさせようとするんだ?」

「・・・僕はひきこもりだ。学校には来ているけど、家に帰れば部屋の中さ。ごはんの時も外にでない。親とももう半年くらい話していない。」

 なるほど・・・。ひきこもり予備軍か。何かきっかけがあれば学校に来なくなっていたのか。

「あるとき、僕は部屋でアニメを見ていたんだ。古いアニメさ。オタク文化がまだ一般認知されてない時代のアニメさ。そのアニメはオタク文化を世に広めた作品なんだ。」

「らき☆すたか?」

「らき☆すたさ。」

 ・・・・・なるほどね、そういうことか。

 

「人生を恨んだね。こんなにも面白い作品があったなんて・・・。」

 

 俺のおじさんもそういうやつだった。当時のアニメってオタク文化、当時はアンダーグラウンドなイメージが強かったオタク文化をしっかりと内包し、とんでもなくギャグに走っていた。らき☆すたは日常系アニメの代表格。女子高生の日常を描いた作品。オタク女子高生、泉こなたが好きなやつはかなり多い。

「彼女とともに生きたい。彼女の生活がしてみたい。漫画を買い、アニメを見て、オンラインゲームをして・・・。そんな生活がしたくなったんだ。」

「それだけじゃぁないだろ?」

「そうだ・・・。オタク趣味をするためにはお金がいる。しかし、普通の就職は正直無理だ。甘えているように聞こえるが、普通の職場に耐えられない。自分と違う人の声が怖いんだ。聞くなら、自分と同じ人の声が聴きたい。」

 

「最終的に漫画家になって自分だけの城を作りたいと?」

 

「そうだ・・・。」

「なるほどなるほど。お前の気持ちはよーくわかった。担当にもなろう。しかし条件がある。」

「条件・・・・・?」

 

「期日は30までだ。」

 

 そう言って立ち上がる。僕の後を目で追いかける糸井。

「・・・意外と長いのだな。」

 僕の背中に糸井は声をかける。僕は答えた。

「遅咲きってのがある。だから、期日は余裕をもってやる。しかし、30にもなって芽が出なければ、それは才能がないってことだ。その時になって初めて諦める。」

「諦められなかったら?」

 

「そんとき考える。」

 

 振り返り、糸井を見る。糸井はまっすぐな目をしている。恋は人を変えるというが、糸井が恋しているのは泉こなただろう。彼女は遠い過去の女の子だが、糸井にとっては憧れの存在。彼女のためにも生きようと思ったのだろう。その手段として、漫画家を選んだ。

 理由はどうあれ、状態はどうあれ、ひきこもりを外に出す計画につくことになった。この経験は自分のためにもなる。いや、友人が困っているなら助けるのが友人ってもんだろ。

 

「とりあえず、漫画家になるためにどうすればいいか考えよう。そのために、自販機に行くぞ。」