潤さんの世界とこちらをつなぐ本は、潤さんがくれた書見台に乗せて、客間の文机の上に出しておくことにした。
「和也、お茶のおかわりいただいていい?」
あれから暫くして、ひょっこり姿を現した潤さんと、居間の小さな座卓に向かい合わせで座ってお喋りを楽しんでいる。
日本茶の入った湯飲みをどうぞと置くと、両手で掴んでふーふーしてる。
時おり目が合うと柔らかく微笑むこの感じ、相変わらずくすぐったいな。
「和を以て貴しとなす…か」
「ん?何?」
それ、聖徳太子が言ったやつ?
「字の如く、和らぎを与えてくれる、この新しい友人との出会いにカンパーイ」
潤さんは無邪気に湯飲みをかかげた。
なんか知らないけど、潤さんは私の名前がいたく気に入ったみたい。
それから他愛のない会話が続く。
まあ、会話の8割は翔さんのことだけど。
「和也は好きな人いないの」
そう聞かれて浮かぶ顔。
「あ、その顔はいるね。どんな人?」
「えー?んー、そうだなあ。明るくて、がんばり屋で、抜けてそうに見えて頼りがいがあって、スラリとしてかっこよくて、笑う時の声が…」
そこまで言うと潤さんと目が合う。
「ふふ。次々出てくる」
あ、いや、その。自分でも顔が赤くなってくのがわかる。
はあ。なに素直に答えてんだろ。
でも誰にも言えない気持ちだから、聞いてもらえて嬉しいのも確かだ。
「この前のお礼に、妖力でその人が和のこと好きになるようにしようか」
「ええっ、そんなのダメだよ。いいよ」
「ふふふ。もちろん冗談。和はそんなズルしないもんね」
すごいな妖力。そんなこと出来るのか。
両思いってどんなだろう。想像もつかない。
一日だけなら許されるかな。でもきっと一度手にしてしまったら離すことなんて出来ないだろう。いっそこの恋心を無くしてもらった方が楽になれるんだろうな。
「ねえ和、散歩行こうよ。久しぶりに街を歩きたいな」
「いいですけど、ハロウィンならいざ知らず、その格好ではちょっと無理じゃないかなぁ」
腰まである輝く白い髪。真っ白い耳としっぽ。優美な着物からはえも言われぬいい香りがするし、時折ちらちらと見える犬歯は妖しすぎる。
潤さんはかわいらしく小首をかしげてるけど、どう見ても人とは違う異質な何かが、特殊メイクだよとかどんな言い訳も嘘だとばらしてしまいそう。
「変装とかで隠せるレベルじゃないですもん」
「和、狐は人を化かすのが得意なんだよ」
私の心配をよそに潤さんは完璧な人の姿に化けてみせた。
「なんだ。じゃあ行きましょ。行きたいとこあるの?」
「ううん。いつも和がうろうろしてるとこ行きたいな」
二人連れだって丘の、急な階段でなく緩やかな坂の方を下って行く。
並木道沿いのよく行く本屋をのぞいたり、商店街の惣菜屋を案内する。
潤さんはにこにこと楽しそうに付いてくる。
白狐だっていうせいか、白いセーターに白いダッフルコートを羽織っていて、それがとてもよく似合う。
そしてなかなか人の目を引いている。
すれ違いざまに女の子達がキャッキャ言ってるのが聞こえる。
けど、潤さんはそんなこと我関せずだ。
ゆったりとこうして街を歩くのもたまにはいいもんだな。
そんなこと考えながら自然と足が向いたこの先には…
今日はバイトの日じゃないのに来ちゃったな。
「潤さん、コンビニ寄っていい?」
「いいよ。マヨコーンパン?」
「それだけじゃないよーだ」
「あはは」
店内をいつものコースでいつもの品をカゴに入れながら進む。
パンの棚に来たけど、売り切れみたい。
すると商品の入ったケースを持った人が補充をするところだった。
「相葉くん?」
思わず声を掛けるとこっちを向いてにかっと笑った。
「にの!いらっしゃいませ~」
「今日バイトの日だっけ?」
「欠員出てヘルプミーされたからさ」
「そうなんだ」
会いたい人に、会うとは思ってなかった日に会えた。
ちょっとした幸せ。いいよね、こういうの。
この恋心を無くしたいなんて嘘。そっと大事にしたいよ…