悩みとはなにか?

 

迷い、とも言える。

 

不安、とも言える。

 

どうして人は不安になり、迷うのか?

 

選択肢がAとBがあったとして、AもBも先行きが見えずに不安だから迷う。

 

まずは、実はAとB以外にも選択肢があるのだが、その人はAかBしか頭にない。他は目に入らないので悩む。

 

案外、人に聞いてみるとCやDがあると気づく。

 

しかし、頭が凝り固まっている人ほど、他の選択肢を耳で聞いても理解できない。

 

「そんなのありえないよ」で終わってしまう。

 

 

しかし、実はもっとシンプルだ。

 

悩みとは、

 

自分の思い通りにならないから困っている状態、

 

ということだ。

 

夫が…、子供が…、上司が…、仕事が…、人間関係が…。

 

自分の理想や期待通りにならないから悩み苦しむ。

 

そもそも、思い通りになるなんて考えている方がイカれているのだが、

 

多くの悩める人は、潜在的にそのような非常にエゴイスティックで傲慢極まりない思考を持っている。

 

しかし、自分では気づけない。自分が利己的で醜いしょうもないアホで害悪になってると認めることはできない。

 

当然だ。それを認めてしまったら傷つくからだ。痛いからだ。彼らは痛みにとことん弱い。だから防衛反応として、自分を安全圏に避難させ、周りの責任する。

 

「わたしは悪くないのに!〇〇さんが!」と。

 

自分は悪くないし、正しいのだから、それ相応の対応をしてもらえると期待しているが、

 

残念ながらあなたのエゴと自己中を周りはお見通しなので、それ相応の対応をしているのだ。

 

自分で蒔いた種だと自覚するまで、そのゲームは続く。

 

自分で勝手に期待し、自分で勝手に傷つく。一人コント。ショートコントならまだしも、多くが長編コントを繰り広げているので、ハタで見ていていい加減飽きる。

 

しかし、

 

悩みの最終的な示唆をここに記そうではないか。

 

悩みとはなにか?

 

人はどうして悩むのか?

 

迷うのか?

 

一人悲劇の喜劇ごっこを演じるのか?

 

一言で言おう。

 

 

ヒマだからだ!

 

 

 

 

悩む暇があるのだ。

 

なんてことだ!

 

なんていう心の余裕だ!

 

もし、大地震が起きたら、悩む暇などない。すぐに避難だ。

 

もし、ミサイルが飛んできたら、考える暇はない。とにかく逃げろ。

 

もし、今日食べるものがなくなったら、悩む暇などない。急いで調達しに行け。

 

悩める人は、

 

今、悩む時間があり、悩む体があり、悩む空間がある。

 

日本の戦後の貧しい時代を生き抜いた祖父母たちは、

 

非常に苦しかったが、実は「悩み」はそんなになかった。

 

なぜなら、目の前の「生活」であり、

 

何より「生きる」ことに精一杯だったのだ。

 

こうして悩みの多い時代になり、

 

悩み解決の本が飛ぶように売れる時代。

 

なんて豊かな時代か。

 

あなたは悩んでいるのか?

 

ならばとことん悩めばいい。

 

悩める時間を享受すればいい。

 

そうこうしてる間に、

 

悩む暇がなくなることがこれから起こるだろう。

 

その時に、あなたは対応できるのだろうか?

 

あなたは生命を鍛えたのだろうか?

 

生命と、確かな自分軸があれば、何も怖くない。

 

しかし、日々の一人コントで憔悴して、生命力を損なっているのなら、

 

少し、生き方を見直すことを提案する。

 

 

 

 

 

 

 

 

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