今日もお疲れ様でした。
梅雨はどうなるんだろう?暑くても少しでも元気でいたいと思う今日この頃。
自分の時間とは一体なんだろう?
何もしないでいい時間?
ゴロゴロしてる時間?
スキルアップなど考えて勉強してる時間?
部屋を掃除してる時間?
猫を撫でている時間?
気がつけば、自分の時間が上手く使えていないってことに後悔している。
なんだか焦るばかりで、やりたかったことの半分も終えられていないような。
そんなことが続くと自分はやっぱりダメだと感じてちょっと落ち込みますよね。
ではどうすれば、自分の時間を過ごしたという納得や安心が得られるのだろう?
それは多分、自分の感じていることをしっかりと観察することだと思います。
その時その時の感情の波を観察する。
すると何が起こるのか。
自分のためにじっくりと時間をかけたという満足感がわいてきます。
私はそういう意味において、自分の感情にずっと無頓着でした。
双極性障害を患ってから、気分の上がり下がりが激しくて、毎日振り回されてグッタリしてしまっていました。
マインドフルネス瞑想が気分障害の安定に役立つと聞き知ってはいたので、いろいろ試してみたのですが、どうもピンと来ない。
それからたくさんの時間、感情の乱高下に振り回されながら、ふと、あることに思い至りました。
自分の感情と人格を分けて考えてみては?
感情は、反射です。
辛い、寂しい、悔しい、嬉しい、ワクワク、びっくり。
これらは出来事に対する反射反応であり、人格としての私とは別である、と仮定しました。
私の人格は、自分に起こった感情→反射反応を観察してみました。
疲れたと感じたら、今疲れたと感じたな、
不安だと感じたら、今不安だと感じているな、
嫉妬したら、嫉妬心が起こったな、
など、そのまま反芻するだけです。
そして、これらの効果はなかなかに絶大だったのです。
自分のためだけに自分の時間を過ごしたという実感
これまでの私は、行動を感情に支配されていました。
しかし感情を観察していくにつれ、行動を司るのは私の人格へと役割交代したのです。
自分の倫理観や価値観に基づいて行動し、その中で感じた感情はやはりまた観察し、反芻する。
私は自分の人生の主人公を、自分の反射反応から人格へとスイッチさせていきました。
このようにしていると、以前と同じ行動をしていても、自分で決めてやっているのだという実感が持てます。
誰かによく思われたいからとか、なんとなく不安だからとか、とにかく焦るからとか、そんな理由で行動したとしたら。
もしことが上手く運んだとしても、本当にこれで良かったのか?自分は本当にそうしたかったのか?という疑念が起こります
感情に行動の主導権を握らせると、そのようなことが頻繁に起こります。
何をやっていても、自分の時間を自分のために使ったという気持ちが持てない。
いつもどこかやらされてる感があるのです。
人生の主導権を感情に支配させない
このような視点に立つと、これまでと時間も物事も少し違って見えてきます。
まだまだ未発達、発展途上ですが、少しずつ、人生の主導権を自分の手に取り戻していきたい。
もし私と同じように、その時々の感情に引きずられて自分の時間を過ごせていない、と感じる方がいらっしゃったら、時々、今日書いたようなことを思い出していただけたら幸いです。
皆様の毎日が、皆様の選んだ過ごし方で彩られていきますように。


