始めまして。
メンヘラフリーランスこと、めいと申します。
 

ご覧頂きありがとうございます。
今回は初回ということで、私について自己紹介をさせて頂きます。
 

・出  身:愛媛県
・生年月日:1993年6月11日
・拠  点:東京/ホテル暮らし
・仕  事:SNS運用/マーケティング・秘書・Webデザイン
・好  き:ラーメン・お酒・ホテルのベット・大食いYouTube・千鳥
・嫌  い:人参・幽霊・カエル

と、こんな感じのありふれた人間です。

 

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時代を感じる、何この写真、かわいい。


昔々。
愛媛県に生まれ、小学4年生のタイミングで父方の実家で二世帯生活。小学校は全校生徒30名程、中学校は1学年60名程。マクドナルドやゲームセンターなんてないし、コンビニまで歩いて50分程かかる。あるのは山々と田畑。そんな田舎町で育ちました。
 

高校のタイミングで松山市内の女子校へ進学。
高校の選択理由は、私立で早く入試が終わるからという
親泣かせな長女でした。
 

昔から、感情移入だけは人より優れていました。
テレビっ子で常にドラマや映画に触れ、自分をどこかの役に当て込む。そんな学生時代でした。良いのか悪いのかそれが故に、悲劇のヒロイン思考になっているのかもしれません(笑)

学生時代、将来の夢はたくさんありました。
探偵、警察官、キャビンアテンダント、美容師、専業主婦、どれもドラマの影響でした。(どれも強そうなものばかりw)

小学生の頃から、好きな人がいちごが苦手だったのを知り私も苦手と言ってみたり、韓国語へ野球の練習をしに行くと知り韓国語の勉強を始めてみたり昔から相手に気に入られるように共通点を作り上げる性格でした。

勉強はとても苦手で、特に数学は基本的に赤点。
国語、数学、理科、社会、英語:合計250点以下は当たり前。
ただ、副教科はいつもオールAの通信簿でした。
 

高校に入り、大人という言葉を認識し始めると明確にこれがやりたいという目標を持つことができませんでした。

私の好きなものはなんだろうと考える日々。
高校2年生のいつ頃だったか開催された、大学や専門学校の合同学校説明会。
その中で、私の目に飛び込んできたのはテレビ業界という文字。
テレビ業界の専門学校でした。

カメラマン、美術さん、音響・照明さん、そんなテレビ業界の裏方として働く人を育成する専門学校で、私はタレントマネージャーを目指そうとその一瞬で決めました。

私立の女子校を選択しても、許してくれた両親。
ただ、この専門学校に関してはなかなか首を縦に振ってくれませんでした。
なぜなら、大阪だから。

一姫二太郎の一姫として育ててくれて、そんな姫が愛媛を出て行くなんて両親は心配で心配で仕方なかったんだろうと思います。
何度も喧嘩を重ね、渋々大阪への進学を認めてくれました。
 

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両親の偉大さは束の間。専門学校時代、彼氏に依存して行ったり行かなかったりを繰り返す。ああ、なんて出来損ないな娘だろうと、何度も思いましたが、学業や将来のことよりも目先の彼氏を第一優先にしていました。
 

メンヘラへ誕生はこの頃だったと思います。
(私のメンヘラ記録はまた追々伝えていきます。)

就職先の選択肢としては、大阪と東京。両親が許可してくれたことや、やりたい仕事は東京に行った方がたくさん道は広がる、と理解しつつも彼氏から離れることはできませんでした。そうして大阪のプロダクションマネージャーとして就職しました。

仕事が始まってから。

毎日決まった時間に起きて、決まった時間に家を出て、決まった電車に乗る。出勤時間3分前にタイムカードを押し、1日を終えるまで時計と睨めっこ。退勤時間が近づくにつれて、今日の晩御飯は何作ったら喜ぶかな、お風呂溜めておこうかな、何時に帰ってくるかな。と学生の頃と何も変わらない精神状態でした。

そうこうしている間に、2年半が経ち今やっている仕事よりも興味が出てきた美容業界に転職を決めます。

理由は、過去に美容師に憧れていたことがあったこと。また、彼氏が美容業界に転身すると決めたため、話の話題や休みを合わせやすいと思ったためです。ここでも、私は共通点を作り上げていました。

私は、美容室の受付(レセプション)として再就職を決めました。

 

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仕事→お酒→帰宅→仕事→お酒→帰宅


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美容室でのレセプション時代は、いわば陽キャの方達とわちゃくちゃやって楽しかったですね。友人のこの頃であった人たちが多いです。
 

時は流れて、コロナ時代に突入します。
元々、会社員として出社したり、通勤したり、毎日同じことを繰り返す毎日にすごく不満を感じていました。

そこに、コロナの影響で受付のお仕事が休業になり「私は必要とされていない」という感情に駆られ、落ち込む毎日でした。

昔から愚痴や不満が多かった私。休業中朝から晩まで寝たきりで、ベットから出て行動することなんてなかった。
ああ、私は何やってるんだろうとふと思ったわけです。

人生仕事している時間が一番長い、そんな時間を愚痴や不満で埋まらせてしまうのは勿体無いなと、不満だらけの毎日からふと抜け出したいなと思ったわけです。
今ある不満を全部紙に書き出しました。職場はもちろん、彼氏・家族・友人ありとあらゆる不満で紙一面がいっぱいになりました。
この不満を全部無くせば自分の理想とする生活、そう思った時に選択肢がフリーランスしかなかった。と言うのが私がフリーランスを目指した初めてのきっかけです。
 

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美容室のレセプションを退職後、
在宅にてコールセンターとエスティシャンに転職。
兼業しながらWebデザインを続け、2022年4月に独立しました。


現在の仕事は
・SNS運用、マーケティング
・秘書
・Webデザイン

いろんな軸を増やしつつ、人との関わりを大切に仕事ができればいいなとが考えています。
 

・愚痴や不満が減った。
・コミュニケーション能力が上がった。
・仕事に対する考え方が変わった。
・時間や場所、一緒に仕事をする仲間が自由になった。
・物事の考え方や捉え方が変わった。


人によってそれぞれあると思います。
私にとっては働きやすかった、フリーランス。

私の今の目標:知らないこと・知らない場所を少しでも少なくしていきたい

フリーランスは、時間・場所を問わない仕事です。
だからこそできること。
たくさんあると思いませんか?

蟹食べたいから北海道へ、コスメ買いたいから韓国へ。
作業行き詰まったから今日はホテルに泊まろう。

私がフリーランスに移行して最も良かったともうこと。
「非日常から日常へ」
自分の時間軸で好きな場所、好きな人にふれあい
たくさん成長しながら生活しています。
妄想していた憧れの生活、非日常な生活をリアルに送れている今、
フリーランスになって一番よかったなと思います。
 

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ホテルでの非日常生活

 

メンヘラでもフリーランスへ

メンヘラでもフリーランスになれました。
動きたいけど動けない、私なんてと思ってしまう方の
ちょっとした影として潜ませてもらって、
ちゃんと1人の光として輝けるために何かできたら嬉しいです。

 

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Instagram:@mey_selfluv
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