瞑想法と言う修行法があります。様々な手法があるでしょうが、目的は無になる事かと思います。


メタボ和尚ですが、愚僧の極みの様な坊さんなので、頭の中が思考でゴチャゴチャになる事があるんです。

容量の問題かと思いますが高機能のパソコンとは違ってギガバイトが少なく設定されているもんですから直ぐにパンクしそうになるのです😅


そんな時、メタボ和尚は限りなく世俗に遠い山の中へと向かいます。仏教には坐禅や瞑想がありますが、未熟な高齢の坊さんには環境を変えず修行をする事が苦手なので、ガラッと環境を変える事になります。


テレビの音はなく、機械の音、人の動きも極力少ない場所で身をゆだねます。


ゆだねはじめはアレはどうだ?コレは?と、どんどん思考がやって来ますが、一通り通り過ぎると静寂が訪れ始めます。瞑想の達人のように、全てが0にはなれませんが騒がしさから脱皮して行きます。


この前、芥川賞の又吉直樹さんのインタビューが流れていまして、又吉さんは無理に書こうとせずに降りてくるまで待っていると言われておりました。


何かを求め、思考がストーリーを作り初めで妄想状態となることは無いでしょうか?


勝手に動く思考から離れると静寂がやって来ます。携帯電話やテレビ、ネットなど様々なものから離れていくと、何とも言えない快楽が現れてきます。


大袈裟ですが、細胞一つ一つが活性化されていくようです。



体力が衰えつつある高齢の坊さんには丁度いいプチ瞑想法のご紹介でした🧘‍♀️🤗

お釈迦様の教えを説明している書物は数多く見かけて手に取って読んでみて人に伝えることが出来るんですけど、


密教僧としてお恥ずかしいのですが密教はなかなかお伝えづらいと感じてしまっています。密教自体が体験を通して感じ、感じたものを学びとするようになっている様な教えに思います。


お大師様の教えに法身説法と言うものがあります。

この宇宙そのものは大日如来の働きになっています。全てです。


太陽も月も火星もこの地球も、メタボ和尚の愛猫ハリコもあれもコレも全てが大日如来です。宇宙そのものです。


虫も鳥も蚊も


自分なんて何処にも存在していますが存在していません。

またメタボ和尚おかしなこと言い出したぞ〜と思った方ごめんなさい🙏続けます。


貴方が散歩していたら、前からカエルがぴょんぴょん跳ねて近づいて来ました。

貴方は何かを学んだとします。何でもいいんですよ。小さな気付きでもいいんです。


コレが自分から離れた所に現れた教え・・説法です。大日如来は離れた所に存在するわけではなくこの宇宙そのものが大日如来の働きで一体のものです。貴方も私も我が家の茶トラのララちゃんもトラちゃんも大日如来であり宇宙そのものです。


分離感はありません。自分なんてない!この感覚・・・楽しいんですけどねぇ〜

ここのところのメタボ和尚はどっぷりと深みにハマってしまっていた事に気付きました。


コレこそ思考の罠なのでした。


もうこんな歳、人生晩年を迎えているのに

あれもやらなきゃ!コレが出来てない!


時間と言う幻想に思考が惑わされて、何かせねばと言う幻覚に追い込まれていました。


自分(我)と言うこれまた幻想に惑わされたり😨


仏道修行は楽ちんだけど険しい😓


奥が深いです😅


思考に惑わされている時は良い結果には辿り着けません🙇‍♂️


メタボ和尚の好きなお坊さんに、鎌倉時代の僧侶、一遍上人がいます。


遊行を提唱されたお坊さんです。


この世に私は遊びに来たんだ🤗🤗🤗


遊んで遊んで楽しむんだ!


今を精一杯楽しむんです!


先人の教えにいつも助けられます🙏🙏🙏


人生ってスタートがあってゴールがあると思ってしまいますが、どうなんでしょうか?


そんなものはないのでは無いでしょうか?


そこに有るのは今だけなのですから、スタートからゴールと言う架空の時間軸を設定すると何かせねばならないような錯覚に陥ります😅😨😰😱😭🥲


それが思考の罠に陥いる


先を考えれば不安になって


過去を振り返れば後悔となる


そもそも過去も未来も脳が作り出した幻想🤼


どっぷりハマっていますメタボな坊さんも🫢

このブログではお馴染みの坊さんズのお参りです。


修行の鬼👹 寺島紫雲さん 

荒行の尼僧 三上蓮浄さん

あんこ型坊主 私妙智

今回は凄い霊能力も備える行者 畑中聖海さんはお休みでした。


ご開帳の道標 寺島紫雲さんのお導きで浅草に行ってきました。


今回も紫雲兄さんのお陰で勉強になりましたわ😄

まず集合


浅草駅前の神谷バーさん前に集合です。


そして、いざ出陣

まずは熟年坊主のバックショットから


駅から20分くらいでしょうか?


日蓮宗 長昌寺様にお伺いさせて頂きました。




長昌寺様の一寸八分の観音様のご開帳です。


観音様のいわれが凄い‼️


兄弟子紫雲さんが指差し確認している石碑を読んでみてください🙏


この観音様は元々は浅草寺に祀られていたそうですが、このお寺に移られたそうです。

では浅草寺の観音様は何?


貴重な体験でした。お寺のご住職のお人柄が素晴らしいです🙇‍♂️


本当にありがとうございました😭


続きまして、今戸神社にお参りです。





新撰組の沖田総司さんの終焉の地だそうです。


それと、この神社は何と😕

招き猫の発祥の神社だそうです。



おっと 間違えました。コレは我が家の茶トラのララちゃん🐯




狛犬が招き猫になっていました。


いつもながら楽しいお参りでした😀😃🤭

事業家の堀江貴文さんの話です。


堀江貴文さんは今やれる事を集中してやっているそうです。空いている時間を作らずやっておられるそうです。

お話の中で、忙しくしてない時、過去や将来の事を考えがちになり、一般的に過去を振り返れば


後悔がおこり、


将来を考えれば、


不安になる


とおっしゃっていました。


今興味がある事に没頭する


メタボ和尚も仏教の教えの通り、常に有るのは今だけだとは常々思ってはいても、暇があると先の事やら過ぎ去った過去の事など思って、堀江貴文さんが仰る


後悔と不安に陥ってしまいます。


不安や後悔になるなら考えない方がいいですよね🤔


今を精一杯生きる❗️コレに徹して生きる


コレですねぇ〜🤗🤗🤗

ブログを書こうと思って、仏教の基本中の基本は四苦八苦の8つの苦しみからだと思いネットで検索してみる事に•••

「生老病死」のAI回答
「生老病死」とは、生まれること、老いること、病気になること、死ぬことという、人間が避けることのできない四つの苦しみを指す仏教用語です。これらは「四苦」とも呼ばれ、生きている限り避けられない人間の苦悩とされています。

生老病死の定義

生老病死は、仏教において「苦しみ」という意味ではなく、「自分の思い通りにならないこと」を意味します。これは、全ての人間が共通して経験する人生の基本的な過程を表しています。

仏教における位置づけ

四苦八苦
生老病死の四苦に、さらに以下の四つの苦しみを加えたものが「八苦」です。

愛別離苦: 愛する者との別れ
怨憎会苦: 恨み憎む者に会うこと
求不得苦: 求めるものが得られないこと
五蘊盛苦: 人間の肉体と精神が思い通りにならないこと
「四苦八苦」という言葉は、非常に苦労するさまや大きな苦しみを表す際に使われます。

仏道修行の目的
仏教では、生老病死の苦しみを理解し受け入れることが、人生の苦しみから解放されるための第一歩とされています。これらの苦しみを克服することが、仏道修行の目的とされています。

高齢となったメタボ和尚ですが、進化のスピードについていけなくなって来ました。

近い将来、お坊さんはAIロボットに変わるのかもしれませんね🤔🤔🤔

目の前にあるものを見つけてみると結構あるもんですよ😕


無いものを見つけ出すと、心が寂しくなるんですよねぇ〜😢


今あるものを見つけてみてください。

たくさんありますでしょ🫢


テレビありますか?


あるよ


凄いですねぇ•••テレビが家庭に普及したのは5.60年前じゃ無いですかね


流し台あります?


そりゃありますよぉ〜

凄いですねぇ 昔はかまどですよ


目の前にあるものに目を向けると


アレもある コレもある あるだらけでしょう!


無い!から始まるといつまで経っても無いまんまです。


あるから始めると一つ増えると幸せを感じるので幸せが積み上がっていくので、コレから先、ずぅっと幸せなんです。


幸せになるコツは、心の置き場所を少しだけ変えるだけなんですけどねぇ

大切な人が亡くなって心痛める遺族のために寄り添う方の話をされる方がおりました。遺族に寄り添う方をグリーフケアと言ってヨーロッパでは普及が進んでいるようです。


今、何気ない日常が存在しています。


突然日常が失われます。


当たり前のように葬儀の段取りや手続きに時間を取られ悲しみと向き合う事が出来ないまま、気付くと心に穴が開いたように現実がやってくるようです。


坊さんとしてのメタボ和尚が思うのは、その昔はお寺の坊さんが人が死んだらどうなるのか、死は一時的なもので全てがなくなるわけではない事などなど地域に寄り添いこんな説法をしていた事と思われます。


今は葬儀に少しだけ顔を出して終われば帰る。ほんの少しの関わりだけになってしまっています。


時代と言えば時代なのでしょう。


話は変わりますが、凄い霊能力を持つメタボ和尚の友達で海賀広美さんがいます。


この海賀さんはグリーフケアを霊能力で普通に行なっています。死んだ人と会話をして心傷ついておられる方にメッセージを伝えています。


霊能力者と聞くと怪訝に感じる人も多くいる事も存じています。

確かに霊感商法などによる被害者の話もあるので疑ってかかる事も大切な事だと思います。


海賀広美さんと友達になってその能力と人柄を知ると、人助けになる能力に尊敬を覚えます。


死んだ人は死んでないですよ。

そして、死んだら行くべきとこに行かなくてはいけませんよ。メタボ和尚は供養して参ります。

加持祈祷では仏様、神様をお招きして祈祷が初まります。

メタボ和尚が修する行に鹿島に息栖、香取に明神と出て来ます。


行をしているのに三社にお参りした事がありませんでした。入院をして健康の大切さを感じさせて頂いた御礼も兼ねてお伺いしてまいりました。


素晴らしいエネルギーでした。神宮がつく神社は伊勢と鹿島だったようです。鹿島神宮は別格ですね。
















日本一小さいお寺のメタボ和尚ですが、高齢期を迎えました。


幼い頃から脳みそ以外は超健康優良児でしたが、老いが迫ってきております。

体のあちこちが痛み、ここが治れば違う場所が痛み出しの繰り返しです。


去年のばね指の手術から始まり、昨年から今回で3回目になります手術で体にメスを入れました。今回は少しの間入院となりました。


高校生の時以来の入院でした。

お釈迦様は病は苦しみだと説いています。

たまたまメタボ和尚の部屋の近くに重篤な患者さんがおられまして、夜になり静かになった病棟から唸り声があちらこちらから聞こえてメタボ和尚まで苦しくなってしまうような感じでした。


退院をして数日経ちますが、全身麻酔の後遺症か?呼吸が少し苦しいような感じがします。


高齢となって健康の大事さを感じております。


入院の記念にご飯の写真を撮ってまいりましたのでどうぞ。体が通常なら美味しく感じますが、術後だと美味しく感じられないんですよねぇ。


美味しそうなんですけどねぇ