ショウside


ロケットを開き、中に入った写真を見つめる。
そこに写る笑顔に声をかけられたような気がして、無意識のうちに舌打ちしそうになったが、ぐっと堪えた。



「……俺はひとりでも充分なんだよ。」



半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、ロケットの蓋を乱暴に閉じる。
ふと、今回味方になったらしい奴らの方を見た。
小柄なガールが蹲りながらガタガタと震え、それに背の高いボーイとガールが声をかけている。


ボーイの方はまだまともみてぇだが……ガールはどっちも駄目そうだな。小さい方は震えてるし、大きいのは見た目からして阿呆だ。そういうのって結構滲み出てくるんだよな。


ぼんやりと考え事をしていると、当の阿呆が此方へ近付いてきた。ぱっと満面の笑みを浮かべながら挨拶するように片手を軽く挙げてくる。



「初めまして、アナタが今回の味方ね!アタシは……。」
「あぁ、俺そういうのいいんで。それじゃ。」



付き合ってるのもバカバカしくて早々にそいつに背を向けた。


見た目通り、いや、それ以上の馬鹿って訳だ。ちょっと面倒臭いかもな。

バトル準備完了の音が鳴り、俺たちは試合場所のハコフグ倉庫へと移動した。



―――



試合開始早々、先程の阿呆が「カモン!」の合図を出してきた。


開幕ナイス、とかいう馴れ合いの風潮はよく見かけるが……何だ、こいつのカモンは。もしかして間違えたとか?


困惑してそちらを向いてみたが、そいつは至って堂々としていて、間違いでやったんじゃないことは一発でわかった。


何なんだよ、こいつ。何処までも頭ん中が花畑なのか?


思わず舌打ちが出た。


ここまでの阿呆、久々に見たぞ。
……落ち着け、自分。こんなの相手する必要ない。


出かけた溜息をぐっと飲み込み、もう既にこちらへと向かってきていた敵のわかば使いに視線を移す。

手始めに彼奴をやるところからだ。


わかば使いが別の方向を向いてるうちに手早くトラップを仕掛ける。
ふとこちらに気が付いたそいつは、俺の手元の武器を見てニヤと笑った。



「プロモデラーRG!!射程ではこっちの方が有利!!」



そう言いながら真っ直ぐに飛び込んでくるわかば使いのガール。あっけらかんとトラップに捕まり、情けない声をあげながら弾けていった。



「今日は頭の弱いやつの集まりでもあんのか?はは、ざまぁねぇな!」



笑いながら、ヒト型からイカへ、イカからヒト型へ変化するのを高速で繰り返す。
俗に言う『煽り』。1度やると癖になる行為で、誰かをキルする度にそいつらを見下してやっていた。



「ねぇ。」
 「……あ?」



怒気を孕んだ声が後頭部へ飛んでくる。


なんだよ、折角機嫌が良いところだったのに。邪魔しやがって。


ヒト型へ戻り、首だけを回して後ろを向くと、先程の脳内花畑が片手にローラーを持ちながらこちらを睨めつけていた。



「アナタ、そんなことして自分が惨めだと感じないの?」
「惨め?ははっ、お前には言われたくねぇな。頭大丈夫か?」



脳内花畑はそれを聞いてふ、と小さく笑った。
その態度が此方を馬鹿にしているように感じさせて、妙に腹が立った。
今の試合のことは自然と頭の端へ追いやられてしまっていた。



「ご心配どーも。でも頭は正常よ。」
「はっ、どうだか。お前の行動は正気の沙汰じゃねーだろ。」
「あら。それなら、このバトルが終わったあとにアタシと一対一で戦ってみる?先にキルを取った方が勝ち。一本勝負よ。」



タイマンのバトルで自分の正常さを証明しようっていうのか?
……ま、ここでぶっ叩くのは結構楽しいかもな。



「……いいんじゃね?受けてやるよ。」



―――



プライベートマッチ。ステージはBバスパーク。相手側はもう既に反対に位置するスタート地点でスタンバイしているようだった。脳内花畑の仲間だとかいうビビり赤ザップ女とつり目リッター野郎が観戦のために一緒に居るようだが、移動前、手は出すなと強く言いつけていたのを見かけた。


こんなバトルするためだけに阿呆をフレンド登録しなきゃならないのはどうにも気に入らねぇけど……。まあ、それはぶっ潰してから切ればいいだけだ。気にすることはない。



試合開始の合図が鳴った。
然し、今回は事前に中央の高台で集合してから正式なバトル開始にすると話し合った。


まさか、俺がリスポーン地点に籠ることを危惧してんのか?馬鹿にしてくれるな、尚更気に入らねぇ。

そう思ってそのルールを受け入れた。
中央高台へ登ると、既にそいつはそこにいて、俺を見てふふんと楽しげに笑った。



「ちゃんと来たわね。偉い偉い。」
「……なめやがって。さっさと始めようぜ。」



怒号をあびせそうになるのを下唇を噛んで堪えた。頭に血をのぼらせた状態では判断を誤りがちだ。
目の前の女は楽しげな笑顔を湛えたまま再び口を開いた。



「まあまあ。始める前に……ひとつ賭けをしない?」
「賭け?」
「ええ、単純な賭けよ。負けた方が勝った方の言うことをひとつ聞くの。」



どうかしら、と小首を傾げる。
決してかわいこぶっているのではなく、あくまで自然に出た仕草のようだった。



「ふーん、面白そうじゃん。いいよ。」
「じゃあ決まりね!早速始めましょ。3数えたらスタートよ。」



いち。


無駄に大きい声が辺りに響く。


に。


ぐっと手元のプロモデラーを握り直す。


さん!


俺と相手が同時に動きだした。
奴が高台から飛び降りる。その後を追って自分も飛んだ。

地面に足をつけ、周囲をさっと見渡した時、横からローラーが振り下ろされた。俺は即座にそれをかわし、銃口を奴の方へと向けた。

然し、奴は撃ち抜かれる前にスーパージャンプで空へと逃げていってしまった。



「チッ、逃げやがったか。何処に行った?」

「こっちよ。」



俺の漏らした独り言にすぐさま返答が帰ってきた。


その声は今日一日で何度も聞いた声だった。

一日にして、すっかり聞きなれた声のはずだった。


けれど、その声は同じものとは思えない程物静かで、どこか雪の様な冷たさも孕んでいる気がした。



「甘いわね。もう少し周囲を見なさい。」



弾かれたように上を見上げた。

相手がこちらへとローラーを振り下ろそうとする姿が眼前に迫っていた。


避けろ。

脳から命令は出されていた。けれど、体はそれに従わなかった。従えなかった。


気付けば俺は、リスポーン地点にいた。



アウィスside


「あれは……ビーコンを近くに置いて、一度飛びあがったんですか?」



姉さんの立つ方をじっと見ながら、マーリエがこちらへ問いを投げかけてきた。

ボクはそれに頷きだけで答える。

全く、あの時あんな隙をつくるなんて。なかなか度胸があるなあ、本当。


それにしても、とマーリエの横顔を見る。

彼女が誰かを相手に張り合う所を未だに見たことがないな、とふと思った。

彼女自身が臆病で、いつも敵を見かけるとすぐに逃げてしまうからなんだろうけど……・。

意外と才能があったりして。



「マーリエ。今度、キミも対イカ戦を、」



言いかけて、ごくりと言葉を飲み込んだ。

マーリエの表情から、飲み込まざるを得なかったというべきだろうか。



「……それは無理です。」



とても冷たい声。彼女の表情も、まるで……。

と。マーリエの顔にいつもの小花の咲き誇るような微笑みが戻ってくる。



「あっ、今すごい顔してましたよね?ごめんなさい。で、でも、本当に対イカだけは苦手なので……。さあ、そろそろ姉さんのところへ戻りましょう。」



姉さんの元へ歩いていくマーリエの歩調は、心なしかいつもより早い気がした。



―――



「それじゃあ、発表しまーす!」



姉さんの声がハイカラシティに高らかに響く。

どうやら二人は、バトルする前に「負けた方が勝った方の言うことをひとつ聞く」という約束を交わしていたらしく、煽りボーイへの命令を今から言うのだとボクたちが合流してすぐに語った。

煽りボーイの方は、いかにも「早くしろよ」と言いたげなオーラを醸している。そんな横で、我らがリーダーは得意げな顔で口を開いた。



「アタシからの命令は~……じゃんっ!アタシたちのチーム、『Snow Drop』に入ってもらいまーす!」

「……はぁぁああああっ!?おまっ、ふざけんなよ馬鹿!!お前らの仲間!?冗談じゃねえ!」



煽りボーイが興奮しながら大声を上げる。そんな彼を指さしながら軽く睨むような視線を向けるリウム姉さん。



「アナタのその曲がり切った性根を叩き直すのよ。分かってるでしょうけど、これは命令よ。勝者から敗者への、ね。」



指を指された彼は、心底悔しそうに握り拳をつくって舌打ちした後、ふいとそっぽを向いた。



「分かったよ、入りゃあいいんだろ?面倒くせぇ。」



意外とあっさりとした承諾だった。もう少し粘るかと思っていたのに。意外とマシな奴なんだな……。

これは姉さんにも予想外だったらしく、「あら、案外素直なのね。」と感心したように呟く。

マーリエも口元を軽く押さえていて、驚いている様子だ。



「まあいいわ。ああ、そういえば、自己紹介もまだだったわよね?アタシはリウム。それで、こっちのは……。」

「アウィス。一応、よろしくってことになるかな。」

「私はマーリエです。お願いします。」

「俺は……。」

「自己紹介の時くらいそのギア外したらどうなのかしら?」



リウム姉さんからの指摘に、煽りボーイはぴくと肩を跳ねさせた。

彼の頭ギアはタコマスクで、相手の顔は良く見えない。個々の考えにもよるだろうが、この状態で挨拶をするのは失礼だとする考えも充分ありうる。

はあ、とだるそうに溜息を吐いた後、ボーイはパチン、とタコマスクを外した。小さめの瞳孔と太めの眉が印象的で、顔には少しあどけなさがあった。



「俺はショウ。今一番の望みはこのチームを抜けることでーす。イカ、よろしく~。」

「……アナタ、予想以上に重傷ね?」

「はっ、てめぇに言われたくはねえな。」



ショウの言葉を聞いた姉さんが、ショウの頬を力強くつねる。

眉を顰めながらつねる手の首を掴むショウ。

そんな形のまま、二人は口喧嘩を始めてしまった。


これから大丈夫なのかな……。




?side


「……いた!あいつよ、あいつ!」

「ほう?何や、遠くてよう見えんなあ?……まあええ。意趣晴らし、したるわ。」