私は私〜いつでも、どこでも、誰にも影響されずに豊かに生きる〜

私は私〜いつでも、どこでも、誰にも影響されずに豊かに生きる〜

※※※2017年6月から綴ってきたこのブログ、2024年3月以前の記事を非公開にしました。ありがとうございました。2024年6月27日 8/14プロフィール画像を変更しました メイ※※※


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皆さん、ごぶさたしています。メイです。

 

クリスマスイブ、いかがおすごですか?🎄

 

私はひとり愛犬と家にいます。

 

夫はアルバイトの夜勤に出かけています。

子どももバイトです。

 

さて。

 

夫は相変わらずです。

 

ですが、ほぼシェアハウス状態で顔を合わせることもなく、

(義母のための2世帯住宅でしたが、義母亡きあとは

夫が1階、私と子が2階で暮らしています。お風呂もトイレも洗濯機も台所も全部別です)、

夫の夜勤も週3日はあるので、いないことも多く、

 

私はとてもラクに暮らしています。

 

お金の問題はありますが、

私に影響するもの(住宅ローンとか)以外は、

私の問題ではないと境界線をしっかり定めるようにしています。

 

離婚したら晴れやかになるのでしょうけれど、それはそれで夫は子に対して余計なかかわりをしそうですし、今はそこにエネルギーをかけるより、今の状態で、自分軸をしっかり保つことのほうが私にプラスだと考えています。

 

とはいえ、です。

 

もしも夫より私が先に死んだら…と思うと、落ち着きません。

 

なので、私は、先日、公証役場にて

・遺言

・死後事務委任

・任意後見契約

の公正証書を作成してきました。

 

遺言は、

私の財産はすべて子に相続させる

という主旨のものです。

(もちろん夫も遺留分は相続できる権利があるのは承知してます)

 

私の財産を夫が相続して散財するのは我慢できません。

 

死後のさまざまな手続きも、

夫は到底できないでしょうし、

されたくもないし、

子に負担をかけたくないので、

信頼できる法人に委任します。

 

離婚はしないけど、

 

この遺言が

私の心の中での決別状のようなもの。

 

けじめがついたような気持ちです。

 

夫はこのことを知りません。

 

子には委任先の法人のことを伝えておくつもりです。

 

とはいえ、もちろん私は夫より長生きするつもりでいますよ👍

 

万が一、億が一のためです。

 

今、私は人生でいちばん元気で楽しいです♪

 

今年、何度も「メイさんはフットワークが軽い」「いつも元気」と言われました。そんなふうに言われるなんて、アメブロを書いていた頃には考えられないことです。

 

残りの人生、何がなんでも私は私の人生を生きます。

誰にも影響されないと決めています。

 

そんなことを思うクリスマスイブ、皆さんとともに、Happy Holiday!

 

それでは、皆さん、またいつか(*^^*) メイ

 

 

 

 

 

 

 

皆さん、新年いかがお過ごしですか。

たまの投稿ではありますが、今年もよろしくお願いいたします。

 

さて、私が皆さんのブログをたくさん読んでいた頃に知ったことのひとつに、

【公的機関に相談したら「証明書」をとっておくと、のちのち役に立つ(こともある)】

というものがあります。

 

そのことについて、私の体験から、注意したほうが良いと思ったことを書きます

(あくまでも私の住む自治体での話です)。

 

私は先日、

市の「男女共同参画センター」(以下Dセンター)の無料女性相談に行き、夫のことを

話しました。

 

今後の(離婚に向けての準備の)ために、Dセンターで相談したことの「証明書」をもらおうと、

Dセンターに依頼したところ、

 

「ここのセンターで【証明書】は出してない。市役所の情報開示請求係に尋ねてください」

 

と言われました。

 

そう言われた私は市の情報開示請求係(以下J係)に電話をして問い合わせました。

 

すると電話に出たJ係の担当者は、

 

「【証明書】ですか?それは出してないですね。Dセンターに依頼してください」

 

と言うのです。

 

いや、そのDセンターからJ係を案内されたんですけど…?

 

へこたれそうになる気持ちをおさえて、粘ってJ係の担当者とやりとりして分かったこと、それは、

 

相談したことの「証明書」はないが、

相談したことを自分で情報開示をすれば、

相談したことの事実が開示される(市長印あり)

 

ということ。

 

つまり、

「証明書」という「書式」そのものがあるわけではなく、

情報開示をして入手した書面が、

その日その時間その内容を相談したことの証明になる

 

というわけなのです。

 

なるほど!

 

理解した私はさっそく市役所に出向き、J係で、自分の情報(Dセンターでその日時に相談したこと)の情報開示請求をしました。

 

2週間ほど経って、書類が出来たと電話連絡がありましたので取りにいきました(郵送もOKだけど、私は取りに行くことを選んだ)。

 

払った費用は10円(コピー代、らしいです)。

 

受け取った書類は2枚。

1枚は、市長印の「保有個人情報部分開示決定通知書」

1枚は、私が相談した時の相談員が記録した「相談記録票」(所定のフォームに相談員が手書きしたもの)のコピー

でした。

 

私がこのことをブログでシェアしようと思ったのは、

 

「証明書」というワードにこだわってしまうと、

役所の人は杓子定規に「証明書はありません」と言ってしまうかも知れなくて、

そう言われると、エネルギーが低下している状態だったら「この市では証明書は出してもらえないんだ…」とあきらめてしまう人がいるかもしれない

 

と危惧したから。

 

相談に行ったことの証明を求める場合、「証明書」はないかもしれないけど、「情報開示」という道がある

 

ということをお伝えしたくて投稿しました。

 

「証明書」というワードに引きずれるのは要注意ですよ!

 

2025年が、おだやかな1年になりますように。

 

それでは、皆さん、またいつか(*^^*)

 

 

皆さん、こんにちは。メイです。

 

旅行についてふと思った、というか、気がついたことがあって、それを書き留めておきたいと思っての投稿です。

 

私、来月あたりに、一泊か二泊くらいで、ふだんは乗らない乗り物で旅行に行こうと考えてるんです。

 

あ、もちろん1人で、です。

 

で、スケジュール帳を眺めながら、

 

旅行から帰ってきた次の日に仕事に行くのは避けたいなぁ・・・

旅行の前日は仕事じゃないほうがいいなぁ・・・

 

などと、どこにその予定を入れようかと、すんごい頭を回転させてるわけです。

 

けっこうなボリュームの旅行から帰ってきて次の日から仕事!っていう人がいますけど、

(私の周りにもいるし、夏休みや年末年始のニュースの空港とかのインタビューで「明日から仕事」って答えてる人もいますよね)

 

私、それ、信じられなくて。

 

だって、旅行ってとっても疲れるじゃない?

 

そう、旅行ってホント疲れる。

 

旅行って疲れ果てる…

 

・・・・ん?

 

あれ?

 

私、リフレッシュしたくて旅行に行くのに、ゆっくりのんびり過ごしたくて旅行に行こうとしてるのに、なんで疲労困憊になる前提で考えてるんだろう・・・

 

私にとって旅行って・・・

 

あ!そうか!

 

 

はい、私、ようやく気がつきました。

 

【夫との旅行】は疲れる

 

なんですね。

 

 

 

最近こそ夫と旅に出るなんてあり得ませんが、それまでは(夫との関係を良くしたいと試行錯誤していた頃は)、

 

私が計画し、費用も管理し、

スケジュールも持ち物も段取りも私が良きに計らい、

現地では夫のむちゃで無計画な動きに翻弄され、

時間ギリギリでハラハラしながらも、

 

旅行は夫婦のきずなを深めるものと思ってとりなしていました。

 

実際、夫ゴキゲンでしたけれど、私はクタクタ。

 

私、長い間、旅行で心からくつろいだことなんてないんじゃないの?

身も心もやすらいだ旅行なんて、なかったんじゃないの?

 

まるでタスクをこなすかのような旅行だった。

 

10年以上もそんなだったから、私の脳は

 

旅行=疲労

 

しっかりと、そう認識したんだな。

 

その認識のままだから、私、今も、自分のためのお楽しみの旅のはずなのに疲労前提で考えてしまっているのですね。

 

 

もちろん旅行は非日常だから疲れはするでしょう。

 

だけど、計画の段階からワクワクよりも疲れる前提のほうが脳内を支配するって、旅行の本筋から外れてる。

 

よし!

 

私は今回のひとり旅で私の脳内の「旅行」の概念を更新する!

 

インストールしなおそう。

 

誰にも振り回されず、自分のペースで楽しむ旅にしよう。

「あ~疲れた」ではなく「あ~楽しかった」と振り返ることができる旅にしよう。

これこそが旅行だ!と実感できる旅にしよう。

 

そんな気持ちを書き留めておきたくて記事にしました♪

 

それでは皆さん、またいつか(*^^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来月、メイの両親のお祝いの食事会をします。私のきょうだいやその子たちも集まります。コロナや何やかやで計画しては延期になり、また計画しては延期になり、今度こそやっと実現しそうで何よりです。

 

さてそんな全員集合の食事会が決まったのは2か月前。

 

私は夫に、いちおうそのことを伝え、参加するかどうかを尋ねました。

 

「行くよ。予定はあけておく」

 

との返事で、私としてはどっちでもいいんだけど、まだ離婚の話は両親やきょうだいにはしてないし、おそらく夫が夫として私の身内とこういう形で合うのは最後かも知れないし、来るなという理由もないと「参加」という夫の意思を私は受け止めました。

 

そして先日。

 

夫の来月の予定を確認しました。

 

・・・案の定、夫、その食事会の日に仕事を入れてる。

 

ため息がでますね。

 

私がメールでそのことを伝えたところ、夫からの返事は、

 

「本当だ。重なってるね。シフトを代わってもらうよ」

 

でした。

 

まるで他人事。

 

自分の責任ではないかのようなこの物言いが、私はとってもイヤだったことを再認識しました。

 

翌日。

 

仕事から帰ってきた夫、この件について何も言いません。

 

仕方なく私から「食事会の日のシフト、どうなった?」

 

と訊くと、

 

「代わってもらってる」

 

というので、

 

「じゃあ、その日は大丈夫なのね?」

 

と念を押すと、

 

「大丈夫だと思う」

 

とまだこの期に及んでそんなことを言う。

 

「思う」って何!

 

なんていうのかなぁ…

 

離婚を申し出ている妻からの、久しぶりの予定の調整依頼でもあり、それはおそらく最後のお願いで、夫が私の親族とのこういう会に参加するのはきっともうなくて、

 

だからこれは大事な予定なはずなんだけどその自覚もなく、

 

ゆえに、それを軽んじた(と私に感じさせた)ことに「ごめん」のひとこともなく、

 

スケジュールについて今なお「大丈夫だと思う」などと断定を避けた表現を使い、つまりそれは私を安心させていないんだけど、そんなことはお構いなしの、

 

そんな夫と私は30年近く暮らしてきたことを、心の底から情けなく思い、私はもうじゅうぶん頑張ったと「離婚」という選択にまたひとつギアが入った、そんなやりとりでした。

 

私の理想は…

 

・私がお願いした予定は忘れることはなくて、

・仮にうっかりブッキングしちゃっても「ごめん」と謝ることができて、

・再調整したら速やかに自らその結果を報告して、

・「その日はもう間違いなく大丈夫だから」と私を安心させてくれる

 

…ことなんだけど、

 

そういう人と暮らしたいと思うことは、そんなに贅沢で叶わない望みなんだろうか。

私の理想が高すぎるんだろうか。

 

分からないけど、少なくとも、私は、もうこの人とは暮らせない。

 

食事会、どうなることやらですけれど、夫婦としての最後のイベントと思って参加してきます。

 

 

ちょっとモヤモヤしたやりとりだったので、こうして皆さんに聴いていただきました。

 

読んでくださってありがとうございます♪

 

それでは、皆さん、またいつか(*^^*)

 

【追記】

けっきょく、「大丈夫だと思う」と言っていたシフトは、調整はされたものの、どう考えても間に合わない時間までのシフトで(9時半に家を出なきゃなのに10時まで仕事とか)、それを指摘すると、やっと「次の当番の人に連絡がついて9時過ぎには帰宅できると思う」と、また「思う」だし、どうやらそれまで「次の当番の人」に調整依頼はしてなかった模様だし、本当にあきれはてました。

 

渋滞の可能性も言ってみたんだけど「大丈夫だろう」なんて言って、9時過ぎには帰宅したけど、食事会には案の定30分近く遅れたし。

 

だけど、食事会では、夫、すっごい「イイ人」だった。気配りもできているし、私の両親の話も聴いてるし。

 

これだから「誰にも理解されない」になるんだなと、改めてカサンドラの苦悩に思いを寄せながら、夫のふるまいを苦々しく見てたメイでした。

 

以上、追記でした(10/23)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日暑いですね。皆さん、いかがお過ごしですか?

 

さて遅ればせながら野波ツナさんの最新刊を読みました。

 

6月27日新刊が出ます! | 野波ツナブログ (ameblo.jp)

 

正直なところ、私はもう読まなくても良いかなという思いもありました。なぜならもう夫との関係をどうこうしようという気持ちはないからです。

 

だけど、なんといってもツナさんが綴られたものですし、ツナさんからのお手紙の封をやっとあけるような気持ちで読みました。

 

どれもこれも、なるほど!そうそう!確かに!と思うものばかりでした。

 

もしもかつての私がこれらのテクニックを知っていたら…

 

余計なしんどさは感じずに済んだ部分も多かっただろうなと思います。

だけど「夫とは暮らせない」という決断は変わらなかっただろうとも思います。

 

この本の素敵なところは、「あの人」のためにこうしてあげたらいいよ、とか、こういう方法で接してあげましょう、というふうな「あの人をより理解するため」の本ではないところです。

 

あくまでも、もしこれらのテクニックをひとつでも試すことで「あなた(=私たち)」が少しでもラクになれるのなら、といったスタンスです。「あの人」のためというより「あの人の周りの人(=私たち)」への愛情あふれるガイド本なのだと思います。

 

かといって「あの人」を敵対視するわけでもなく。

 

「あの人」という表現や動物さんでの表現にツナさんのお気持ちを感じます。

 

最終章はじーんと胸を打つものがありました。

 

ツナさんの全身全霊をかけられた本だと感じます。

 

私はツナさんのご著書によって救われました。ツナさんの講演会にも足を運びました。ツナさんのご本がなければ、私はいつまでも自分のしんどさを紐解くことはできなかったでしょう。当時は今のようにネットでの情報もありませんでしたし。

 

ツナさんには心から感謝しています。

 

ツナさんの最新刊が一人でも多くの人の助けとなりますように。

 

それでは、皆さん、またいつか(*^^*)

 

 

 

 

 

 

皆さん、こんばんは。

 

2017年6月24日にスタートしたこのブログ、早いもので7年が経ちました。

 

義母も他界し、家族の状況もかわり、私も元気になりました。

 

ブログを初めた当初は夫となんとかいい関係を築けないものかと模索していましたが、それは無理と悟り、そして私は常に他人軸で生きていたことに気づきました。

 

ブログを読んでくださった方、コメントやメッセージでやりとりのあった方、いいねで励ましてくださった方、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

いただいたコメントやいいねを思うと胸が痛むのですが、これまでの記事を非公開にすることにしました。

 

もう私のブログの役目は終えたと思います。

 

ただ、今の気持ちとしては今後のことのご報告はしたいと思っているので、記事をひとつだけ残しました。

 

どんな頻度での更新になるかは分かりません。

 

7年間、本当にありがとうございました。

 

それでは、皆さん、またいつか(*^^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

夫が、離婚に同意しました。

 

が、彼の言い分は…

 

「ボクはこれまでどおり親子3人で暮らしていきたいと思ってるけど、メイの言うとおりにする」

 

…です。

 

うーん、その言い方、なんだかなぁ。

 

まぁ「離婚なんてイヤだ!」とごねられるよりはラクですが、こんな調子で周囲の人にも言うんでしょうね。

 

最後の最後まで選択の責任の丸投げ感があっぱれです。

 

そんなわけで、もう、いつでもOKな感じなんですけど、そうは言っても他にも整理しないといけないこともあるしで、今しばらくはこのままです。でもそれ前提なので軽やかです。

 

エピソードはたくさんあります。

 

おいおい綴っていくか、つぎつぎ生産されるエピソードに埋もれていくか…。

 

では、皆さん、またいつか(*^^*)